(………上履きが)


 ない。どこにも、ない。

 目を閉じ、自分の下駄箱を閉めて、もう一度開く。登校してから、十数分。もう何度もそんなことを繰り返していた。

 身に覚えはない、いや、身に覚えしかなかった。言うまでもない。これ、恐らく嫌がらせ。藤堂親衛隊筆頭、安斎有愛希の仕業だろう。

 先週末、昼休み先輩と別れたあとすぐに声をかけてきた女子生徒。その人の名前を聞くのを忘れていたけれど、戻った教室で似たような被害にあった子の話を耳にして、そうでなければいいと思っていた。でも、私のこういうときの嫌な予感は、悲しきかな凄く当たる。


 私はどうやら、安斎有愛希を完全に怒らせてしまったみたいだ。



(歩きにくい)


 結局、靴箱で開けて閉めてを繰り返しているうちに朝のSHRの予鈴が鳴って、さすがにこれはいかんと先生に頼んで来客用のだっさいスリッパを履く羽目になった。
 機動性に優れた上履きとは違って、スリッパは歩くたびパス、パス、と情けない音がする。そしてこれがまた私の足のサイズに合ってないせいで、何度もつんのめって転けそうになって、ものすんごいストレスだ。




『小津の上履きがなくなったそうだ。
 見かけたやつはすぐ伝えてやってくれ』


 事を荒立ててほしくないという私の意に反して、担任は無神経に朝のショートで私の上履き紛失事件を公表した。それまで気付いてもいなかったクラスメイトはその言葉に私の足元を見て、ハッとし、それから何だか気まずそうに顔を合わせていた。クラスメイトで前例があるからこれまた余計わかりやすい。と言うか、先輩につきまとってることによる嫌がらせなら、今更感が否めない。


「…やり口が古典的」

 日々新薬が開発されたり、住みやすい環境が提案される傍らで、誰にとってもプラスにならない嫌がらせって行為は昔から、真新しさのない古びたやり方ばかりだ。自分のために誰かの手を(わずら)わせているのも忍びない、と視線を伏せた直後だった。渡り廊下の茂みから飛び出してきた足に、まんまと私は足を取られて顔面からずっこけた。