冬の凍て付いた空気は、息をするのも億劫(おっくう)になる。体育館倉庫に押し込まれた体操マット、跳び箱、バスケットボールのカゴ。小窓からの陽を受けて浮き彫りになったそれらは、一人一人が物悲しく息を潜めている。





「あの日、奈緒子(なおこ)を連れ出したのは、おれだよ」


 その言葉に、頭の中が真っ白になった。


「…え?」
「…変な顔。小津(おづ)さんでもそんな間の抜けた顔するんだ」


 顔を伏せて少しだけ笑う彼を震える瞳で見つめて、頭をフル稼働させる。けど叶わない。追いつかない頭で、人はこんな時、目に見えたものと同じ反応をするらしい。
 少しだけ笑って、真顔になる。

「…うそ」
「嘘だよ」

 前に話したことは、全部。


「おれが自分を守るために脚色した真っ赤な嘘。
 もう全部白状するよ。事故が起こったあの日、本当は何があったのか」


 呆然とする私に、智也先輩はゆったり跳び箱の上に腰掛け、淡々と語り始めた。


「…元々うちの学校が改修工事の影響でテニスコートが使えなくなったことで、テニス部のおれが代替措置として奈緒子のいた桃ヶ丘(ももがおか)女子に通うようになったのがはじまりだった。一年の頃、藤堂はおれより身長低くてさ。可愛らしい系、っていうの? その見た目で女の人に声をかけられるのに怯えてて、入学式の日に例によって声をかけられてるとこを、おれが助けた」


 高校在学中に他校の男子とデキてしまったヤンキー紛いの姉を持ったせいで智也先輩に対する風当たりは強かったらしく、その噂を聞きつけた周囲から、先輩は浮いていたという。でもそれを逆手にとって、姉を理由にしたら大体の面倒ごとを避けることが出来たらしい。


「おれは別に単独行動苦手じゃないから一人でもよかった。他人なんかどうだって良かった。けど助けたことで藤堂はすっかりおれに懐いちゃって、どこ行くにも金魚の糞みたいに付き纏うわ挙句心友呼ばわりで、はじめは何なのこいつ、って思ってたけど正直救われた部分もあると思う。
 その頃、同じテニス部で面識のあった奈緒子と、おれについて来てた藤堂が出逢った。姉弟みたいだったよ。奈緒子はやんちゃだし、ビクつく藤堂に面白がってちょっかいかけたりしてさ。そのうち、三人で会うのが自然になった。二人が惹かれ合って、付き合うって知ったときは自分のことのように喜んだよ」


 目元を掻く先輩の仕草を見ながら、静かに話に聞き入る。しばらくしてもそのまま動かないでいるから覗き込むようにすれば、智也先輩はぱ、と笑顔で顔を上げた。


「けど人間ってどうも似てるとそりが合わなくなる。はじめこそ仲良かった二人もそのうち喧嘩ばっかりするようになって、口を開けば二言目には別れるって言い出した。その頃二人から毎日バラバラに愚痴られててほんと勘弁してって感じでさ。…二人が喧嘩するたび奈緒子の話を聞くのが、おれの日課になってた」