当時を思い返し、口元に手を添える智也先輩につられて、私も笑う。その場にいたわけでもないのに、彼の話がすんなりと頭に入ってくるのは、きっと智也先輩の話し方が上手いから。


「———…智也先輩って、本当に藤堂先輩と仲良いんですね」

「…」
「〝言い忘れてたこと〟って?」


 動きを止めた彼の目が、前髪に隠れて見えなくなる。
 それを覗き込む前に、踏み出した足が私の横をすり抜けた。


「…以前、奈緒子(なおこ)が事故に遭う直前最後に傍にいたのが藤堂だって言ったの覚えてる?」

「え…ぁ、はい」
「あの話には続きがあってね」

「誰かいるのか?」


 その声に、二人して反射的に身を伏せた。

 曲がり角の向こう、窓ガラスに映るのはよりによって私の担任だ。本来であれば職員室で仕事(ぬくぬく)しているはずなのに、なぜ今ここに。
 しゃがみこみ、目を見張って。両手で口を塞いだ私は、同じく姿勢を低くして口元に人差し指を添えた智也先輩に、ただただコクコクと頷く。

 が、足跡は近づいて来る。距離としては目と鼻の先。息を呑み、目を瞑り、建物の影からいよいよ教員の足の先が姿を現したところで、


「先生、何やってるんですか」


 第三者が担任を呼び止めた。窓ガラスに映ったのは、グレーのニットベストを羽織った事務員っぽい人だ。


「いや…なんか人の声がした気がして」
「やめてくださいよ、今冬休み中ですよ。ましてや部活動も停止になってるこの寒い時期に生徒の誰が好き好んで登校するんです、いたとしたら頭イカれてるか、相当の物好きですよ。

 それより早く職員室戻りましょう、僕ね実家旅館なんですけど持ってきたんですよ温泉饅頭! 寒い日は緑茶と饅頭に限りますよね」
「あなた寒い日に限らず甘味食べてるでしょう」
「あはバレました?」

 ああでもない、こうでもないと言いながら会話を繰り広げる二人の声が徐々に遠ざかり、やがて、静寂が戻ってきた。
 もう大丈夫、とわかってから深い深い息を吐き出す。

「……はぁっ…ぜ、絶対バレると思いました…」
「おれも。心臓に悪いねこれ、でも〝頭イカれてる〟は心外だな」

 人の頭の心配する前に自分の頭皮の心配するべきだ、と窓ガラス越しに見た寂しい頭を示す智也先輩に、私はぶはっと噴き出した。

 やば、ツボに入った、おなかいたい。
 しかも智也先輩普通に真顔で言うから余計しんどい。