「モテる男は大変だね」


 翌日の朝、8時30分。

 教室に入り自分の席に荷物を置いた智也は、自分のクラス、3-Bに辿り着くまで藤堂に声をかけてきた女子の数を指で数えながら呟いた。

 こうしてる間にもおはよう、と新たに話しかけてくる女子をカウントすれば、ざっと総勢60人。我慢してる人間をカウントすれば恐らくもっといるだろう。クラス1つ作っても余るって一体どういう了見だ。

「安心しろ、お前そこまでモテねえよ」

「おれの話はしてない。お前の話をしてる」

「なるほど」

「否定しろ」

 いや、お前程にもなると謙遜も嫌味にしか取れないか。実質クラスメイトの男子、その大半は藤堂の異常なまでのモテ具合に嫉妬を通り越して呆れ、青春諦めモードに入っている。

「モテ…てんの、俺? 女の子可愛いから褒めてるだけなんだが」

「その上無自覚なのかよ。…大概にしといた方がいいと思うよ
 お前、時々自分が及ぼす周りへの影響過小評価し過ぎ」

「またまた。俺そんなスペック無いって、最近構ってないからって拗ねんなよ智也く~ん」


 甘えた声で肩に手を回してくる藤堂の手をすんでのところで(かわ)し、速やかに席に着く。空を裂いた手を見つめる藤堂を鼻で笑うと、智也は取り出したスマホを眺めながら呟いた。

「間一髪で車に轢かれずに済んだ人間の靴の裏には、蟻の死骸があるかもよってこと。

 知って損はしないんじゃない」


 ☁︎


 下駄箱の(すのこ)の下に、1匹の蜘蛛が干からびて死んでいた。朝に見る蜘蛛は神様で、夜に見る蜘蛛は悪魔だと聞いたことがある。だから朝に蜘蛛の死骸を見た私は、今こんな事態に陥っているのだろうか。