ぽつり、ぽつりと。

 先輩の声が、波紋のように広がって心に染み込んでいく。


「文化祭、演劇観に来てくれて嬉しかった。
 正直来ないと思ってたから、絡まれてるの助けたときもオズちゃんなら気付くってわかってた」


 初めて帰った通学路。

 ぶかぶかのジャージ。

 満員のバス。

 思いがけないふたりぼっち。


「夏祭り、ガラにもなく緊張した。
 浴衣姿があんまり綺麗だったからいつも通りを装うのに苦労した。

 体育祭の放課後、初めてオズちゃんに触れた。

 触れなければ良かったと思った。
 そしたら自分の気持ちに気付かずにいれたのに」






 溢れた涙を先輩の指先がすくう。






「好きだよ」






 あふれる。私も好き、好きです、と目で訴えるのに、それじゃ伝えられない。もどかしくて塞いだ口から伝えたいのに、それをしたらこのひとはいなくなる。


「前も後ろもわからない真っ暗な(ふち)の中、
 オズちゃんの声だけが頼りだった」


 道標だった。光だった、と泣きそうな声が言う。


「毎日。
 誰かに会えるのだけで〝生きてる〟って思えたのは
 あの頃だけだったんだ」


 もうすぐそこまで来ている観覧車のゴール地点を前にして、私の頭にぽん、と先輩の手のひらが乗る。
 くしゃり、と撫で付けたその手を追いかけようとしたら、ゴンドラの扉が開いたと同時に、涙で濁った視界で、

 先輩が笑ったのだけが見えた。




「———はーいおつかれさまでした!
 快適な空の旅、お楽しみいただけましたでしょうか!
 足元お気をつけてお降りくだ…」

「…っ」
「…、お、お客様…?」


 卑怯だ。
 何も言えない状況になって初めて本当のことを言うなんて


 先輩は卑怯だ。