歩幅の差。スピード。話すペース。目線。
そのどれもが、当たり前だと信じて疑わなかった全部が、先輩が私のためにくれたものだったってこと。
遅く歩く人だな、なんて思ってた。
テンポよく話を進める人だな、とは思ってた。
それは先輩が私の歩幅に、話すペースに、腰を折って屈んでくれて初めて成立してたんだ。高ければ屈める。でも低いんじゃ背伸びしても届かない。
(…まるでだめじゃん、私)
その気がないのに、これ以上無理に話しかけるわけにもいかない。鞄から今日の予定を確認するべく、小さなメモ帳を取り出して目を通す。
…なんか人が結構横道に逸れてるけど何かあるのかな。あ、もしかしてこれが映画館の隣に最近新しく出来たとかいうこれまた話題沸騰の
「オズちゃん!!」
呼び声に振り向くが早いか、突如片腕を引かれてすっぽりと誰かの胸に収まった。直後、クラクションを鳴らした車が歩道の真横を駆け抜ける。頭の上で届いた吐息に顔を上げると、いきり立った先輩の瞳とかち合った。
「———っに考えてんだバカ!! だからもうちょっとちゃんと周り見ろっていつも、」
「…、ぁ」
「———…じゃ、なくて」
はっとした様子で気を取り戻すと自分から私の肩を押しのけた先輩は、ぱっとそっぽを向いてしまう。
「…すみません」
「…いや」
「…え、映画館」
「え?」
「着いた」
ぴ、と私が指差すと、先輩は大型怪獣が全面的に象られた映画館のパネルに振り向いた。
「先輩。飲み物、何か買ってきましょうか」
「俺はいらない」
「あ、はい」
さっきは名前、呼んだくせに。
そっぽを向いたままの先輩を見上げてから、映画の予告パネルに順番に目を通していく。本は読むけど映画はあんまり見ないから、私に関しては別にどれでもいいな。
「何か見たいのとかありますか? 時間的にはこの4、5本になると思うんですけど」
「じゃあ、あれ」
「え?」
あれが観たい。
予告パネルの前に立ち、揺るぎない眼差しでその映画を指差す藤堂先輩に。私は首を横に振る間も無く、チケットを購入していた。



