「…ねぇ、あの人超イケメンなんだけど」

「うぁ、ほんとだ…! やばいモデルさんみたいー…!」
「声かけてみる?」
「むりむりむり…!」


 すれ違う女性が次々にあげる、か細く消え入りそうな声に顔を上げ、時計台を見る。人混みの中で少し背伸びをすると、石段に腰掛けるその人の横顔が見えた。
 ネイビーのタートルネックに、黒のロングコート。よく見ようと人混みを掻き分けていると、さっと目の前が開けてその人の前に出た。


(………前髪、おろしてる)


 表情が読みにくいのは、いつもと違う髪のせい。そっぽを向いていた横顔は一度長い睫毛を伏せて、私を見つけてゆったりと顔を上げた。

「………こんにちは」

 ぺこ、と軽く頭を下げられる。

「………き、来てくれないって、思ってました」

「…そっちが来いっつったんだろ」


 待ち合わせ場所なのに、先輩の周りの区画だけ人がどこか遠慮するように円を開けていて、性懲りも無く黄色い声が上がっている。その間にも「モデルさん?」「撮影?」とかいう野次が外野から届くあたり相変わらずだ。

 それでも来てくれたのが嬉しくて、ほっとする。正直待ちぼうけをくらう覚悟だったから。

「………ありがとうございます、うれしい」

 思わず溢れ出た本音にはっと顔を上げる。かと思ったら先輩はそっぽを向いていて、その温度差に私はどぎまぎしたまま困って俯いた。

 すると突然、服の(すそ)をくいっと指先で掴まれる。

「見せ物じゃねーっつの」
「え、」
「こっちの話」

 連れられるがままちら、と背後を確認した先輩が煙たそうにするのは、今まさにスマホで撮影を試みようとしたギャラリーに向けてだった。盗撮、しようとしたのか。だめだし。

 確かに、今日の先輩は前髪問題もあるし私の好意贔屓(びいき)抜きにしてもいつもより断然かっこいい。背があるからロング丈のコートも様になってるし、英国紳士風…? と、いうのか。とりあえず日本人の顔でこんなタートルネック着こなせるのは私の身の回りじゃ先輩しかいないがする。

 高そうな時計付けてるな、と腕時計が目についた途端、引かれた服の裾からぱっと感覚が消えた。