歩いて、小走りになって、居ても立っても居れずに駆け出した。耳に届くのは自分の吐き出す呼吸の音だけで、頰をさらう風の冷たさに、時々乾いた喉を潤すため、強くぐっと唾を飲み込む。

 根拠も自信も無かったのに、勘だけで3-Bに向かっていた。帰途につき人影がまばらな校舎を逆走して、階段を駆け上がり、人目も忍ばずその扉を見つけると手をかける。

 は、と酸素を目一杯取り込むために口を開けたまま思いっきり戸を開く。教室にいたのは一人だけ。


 自分の席に座ってスラックスに両手を入れたまま、外を眺めていたそのひとがゆっくりと振り向いた。

 そして、私をその目に映して喫驚する。


 振り向いた藤堂先輩の姿に、へたり込みそうになるのをぐっと堪えて。私はぶっきらぼうに投げつけた。



「———…12月25日、午前10時。駅前の時計台」


 顔を傾けた先輩が、怪訝(けげん)そうに口の端を持ち上げる。


「…なにそれ、デートのお誘い?」

「はい」
「…行かないよ、俺」
「来なくても待ってます」




「ずっと待ってますから、私」




 放課後の空を映した硝子色の瞳が、私に照準を切り替える。オレンジ色の教室で、私たちはしばらくお互いを見つめていた。