あの日、あの雨の日。
 
 校舎から駆け出していく凛花ちゃんを見つけた。


「ここで手ぇ出したら当て馬決定だよ」


 傘を抜いて踏み出そうとしたら届いた。昇降口で靴箱に背をつけて雨が止むのを待っていた常葉(ときわ)さんに僕は笑う。


「絶対振り向いてもらえなくなるよ」

「うん」
「都合のいい男でいいんだ」
「うん」

「………ばっかじゃないの」


 たとえ、この恋が雨が止むまでだったとしても。


「それでも雨が止むまで、僕はあの子の傘になりたいんだ」




















 早朝、大王(だいおう)公園。

 夜通し降り続けた雨が上がり、湿った地面からは雨上がりの土の香りが鼻をかすめる。水たまりに反射した空を眺めていたら、常葉さんがローファーでじゃり、と地面を鳴らした。

「なんかごめんね。なんとか春のお詫びもかねて、しおみんとくっつきゃしねーかな〜って思ったけど、無理くさいわ」
「ふふ、はじめから期待してなかったからいいよ」
「なんだと」

「僕は僕なりに強くなろうとしてみたけれど、凛花ちゃんの中にはずっと藤堂先輩がいた」


 あの瞳が僕を映さないことをわかっててそばにいた。


「笑えるでしょ? あの人に切り捨てられて、傷ついた彼女を囲うべき僕が、そんなになってもこんなとき藤堂先輩ならどうするんだろうってずっと考えてた。…情けない話だけど。これじゃ何の意味もない。僕が僕なりに、僕自身で彼女を救おうとしないと。

 …凛花ちゃんはこんな僕を見て、どう思ったんだろう」

「…」

「あの二人には、お互いだけなんだよ」


 雲間から漏れた一筋の光に目を凝らす。振り向いて強く、真っ直ぐで、勇ましいのに、どこまでも弱い笑顔に、前を向いた背中に、常葉さんはへたくそに笑ってくれた。


「…がんばれ、しおみん」