涼しい顔でそっぽを向いて珈琲を啜る先生に、きう、とソファに座った私の手が無意識にスカートを握りしめた。


「………なんなのみんなして。私って他人から見て今そんなにおかしく見えるんですか」

「わー、荒れてる荒れてる」
「こっちだって頑張ったけど認めてもらえなかったからこうなってるんじゃん、私もう十分頑張った、でも無理だったの、だから進みたくても足踏みすることのなにが悪いの? これ以上どうしろっていうの、私たちのことなんにもわかってないくせに勝手なこと言わないで!!」


 早口で捲し立てて震える息を吐き出したら、しばらくしてうん、と声が届いた。


「…わからないから、わかることを伝えて、みんな小津のこと知りたがってるんだと思うよ」

「…っ」
「無理して苦しい想いしてるのをみんな知ってるから、助けたいって思ってる」



「みんなが知らないことを知ってるのはお前だけなんだよ」


 それは小津自身のことだけじゃない、って先生は続ける。藤堂先輩と私だけしか知らないことがある。私だけが知ってる先輩の姿が、ある。


「小津がいま自分を燻ってるのをみんなが気づいたみたいに、小津にしか気づけない藤堂の姿があったんじゃないの」


 先輩の笑った顔。拗ねた顔。怒った顔。色んな姿が脳裏によぎって、真っ直ぐ私を見つめるその瞳を思い返して、目に薄い膜が張って、そのまま涙が溢れる。

 気付いてた。知ってた。本当はわかってたんだ。




 先輩が嘘をつくとき、必ず目を逸らすこと。




〝手、どうしたんですか?〟

〝あーこれ? 俺としたことが調理中うっかりたこ焼き機に手ぇ突っ込んじゃった〟

〝なんで明後日の方向向いて言うんです〟


 あの時も、


〝いつまでも自分のこと考えてもらえてるって思ってんなら笑うわ〟


 あの時も、



〝ごめん、俺は〟


奈緒子が(・・・・)好きだよ〟






 ずっと、そうだったのに。


「………っ」

 
 顔を手で覆って、もう壊れたみたいに泣いてしまう自分を抱きしめる。

 ちゃんと、先輩の心がどこにあるのか私は知ってる。どうして先輩の異変に私だけが気付けなかったのかを知ってる。先輩はいつも、私の前でだけ心から笑ってた。心から怒ってくれた。泣きそうな顔で大丈夫っていつもそばにいてくれた。

 助けたい。救いたい。もう一度はじめから。


 あとからあとから溢れて、喉が痛くて、腕で、指で涙を払う私の肩に、ぽんと先生の手が乗る。


「小津、人はやり直せる。お前も、藤堂も。
 何度間違えたって関係ない。生きるのなんて、下手くそでいいんだよ。お前達にはその力があるんだから」


 顔を上げた先で、先生は泣きそうな顔で笑う。くしゃ、と頭を撫でてくれたその手に背中を押されて、一歩前に踏み出す。