「ココアパウダー入れる?」
「入れましょう!」
「じゃあ半分はプレーンね」


 同じ班員の子たちがクッキーの型やトッピングの材料を考えてくれるおかげで、最早私たちが生地専門職となっている。

 同じく三角巾にエプロン、マスク着用の児玉さんに関してはそのせいで眼鏡が曇っていて、それ見えてんのかなと黙々と作業しているとちら、ちら、と何度か顔を覗き込まれた。

 
「…何?」

「あ、なんか凛花さん難しい顔してるなぁと、思って」

 眼鏡が曇っていて全然表情がわからない。手が塞がってる今それも直せないし、目線を天井に上げてからまたボールに戻した。

「…お昼、柚寧ちゃんに釘刺されちゃった」

「え」
「私は嘘をついてるんだって」

 力任せにボールの中の生地をこねて、ふっと息をつく。生地にまみれた手のひらは、改めて見ると随分ちっぽけに思えた。


「…私ね、思ったことがあるの。まだ先輩と出会って間もない頃。

 どれだけ突っぱねても、跳ね除けても立ち上がってくる先輩に(ほだ)されて、あの人が隣にいるのが当たり前になった日にふと」


 前に進むことをはじめて躊躇(ためら)った、その日。
 隣で笑うあのひとを見て思ったんだ。


「………このまま恐怖症が治らなければ、
 先輩がずっとそばにいてくれるんじゃないかって」


「…凛花さん」

「このままじゃいけないって、二人で別れた時に先輩は応えた、自分の本当をちゃんと私に投げかけた。でも私は全部誰かのせいにしたかっただけなの」

 投げやりになってた私の価値を、あのひとだけが見つけてくれたのに。
 先輩がどう答えるかわかっていたからこそ自分は受け身でいたいがために、


〝好きです〟


〝………ごめん俺は

       奈緒子が好きだよ〟



 そんなことまであのひとに言わせた。


「私の言葉はあの人を傷つけた。救えなんかしなかった。どれだけ足掻いたって消せない、もう届かない」

 声が上擦って、言い切る前にずっと鼻を啜る。そんな折、視界の隅で。児玉さんが唇をきゅっと結んだのが見えた。もうそこに、靄がかった眼鏡姿の彼女はいない。

「本当に、そう思いますか?」
「…っ」

「傷つけるのかもしれません、確かに言葉は。
 でも、その危険性を(はら)んでいるからこそ。本当にその人の心に届いたとき、言葉の価値に気が付けるんじゃないでしょうか」


 そんなのへっちゃらですよ、って児玉さんは笑う。


「誰かの心を突き動かすには。痛いくらいじゃなきゃ」