もう戻るつもりもなかったから、家に鍵はかけなかった。



 そのあとはもう、死神のように。本当に、あてもなくぶらぶらと歩いた。冷静になってみると、売れないロードムービーのワンシーンみたいで笑えた。ただ命を埋め込まれただけの人形が街を徘徊(はいかい)して、自分にうってつけの死に場所を探す旅。

 カンカンカン、と定期的に鳴る踏切のリズムに呼ばれて、気が付けばそこにいた。早朝。人がいないのをいいことに淀みない足取りで、遮断機の向こうへ足を、踏み出す。




「死にたいの?」


 透明な声だった。
 今にも消えてしまいそうな肌の白さに、幽霊かと思った。

 紺色のジャンパースカートに白の丸襟ブラウス、赤の紐タイ姿の少女は、いつの間にか隣に立って踏切を見つめている。顎のラインで切り揃えられたざんぎりの黒髪からは雨水が滴っていて。

 答えなかったのに、何かを悟ったのか彼女は吐息だけで笑った。


「…私も」

「…え」
「ねえ、なら賭けしない?」


 空に飛行機が見えるでしょ。

 あの飛行機が私たちの上を通過する前に
 電柱にとまってる鳥が飛んだら、
 次の電車で二人で線路に入り込む。


「どう?」


 返事の代わりに、空を見た。

 轟音と共に接近する列車に、息をのんだのはそこでだ。
 嘘だろ、と思った。電柱にとまった鳥は、生にしがみつくように目を閉じ、強い風を受けるばかりで、微動だにしなかった。



「…飛ばなかったね。

 もう何度もやってるのに、
 私この賭けで負けたことないんだ」


 震える声だった。彼女が振り向き、
 泣いていたのを憶えてる。




「生きろってことだね」