「来てくれてたのね」




 二年前の、夏の終わり。

 当時付き合っていた彼女が交通事故に遭い、昏睡状態になった。


 幸い大きな外傷は見られず、仮に目を覚ました時には回復次第自身の身体で生活する事は可能だと言われた。でもそれもあくまで「仮」の話。
 医者曰く、目が覚めるのは明日かもしれないし、30年後とも言えるそうだ。


「…綺麗なお花。いつもお見舞いありがとう」
「捻りがなくてすみません」


 奈緒子(なおこ)の母親である千賀子(ちかこ)さんとは、こうなって(・・・・・)から初めて顔を合わせた。高校生の子どもがいるとは思えない若く整った容姿は未だ健在だが、ここ最近。疲れが目に付くようになった気がする。


「さっき、もう1人の子が来てくれたわ。江坂(えさか)くん…本当に貴方達、あの子と仲良くしてくれてたのね」

「…」
「…ねえ藤堂(とうどう)くん。気持ちは嬉しいんだけど、もういいのよ。何もずっとあなたが縛られることない。だからあの子のことはもう、」
「また来ます」


 償いだとか、罪滅ぼしだとか、そんな大それた理由ではなかった。ただ、立ち止まってしまったから共に歩く未来はもう無いだなんて都合良く諦めて、彼女の人生を自分と切り離して欲しくなかった。


 あとになって思えばここで、
 踏みとどまっておけば良かったのかもしれない。

 でなければ彼女の心だってきっと、壊さずにいられた。


「花、ここに生けておきますね」


 日頃の看病から千賀子さんの気疲れもピークに達していることはわかっていた。日に日にほつれていく髪が、目の下のクマが、皺が、光の無い双眸が全てを物語っていて。









「偽善者」