「………なん、」
「…なんであんたの隣に藤堂(とうどう)がいないの」

 
 訊かれて、戸惑う。

 明らかに目を見開いた私に、彼女は自分を雨から守る傘すら(うと)ましく思ったのか、ぶらりと手を下げて目だけで私を見下ろしている。


「…藤堂は?」

「…」
藤堂は(・・・)?」
「知りません」


 バシッと鈍い音がした。逃げようとしたらもう一度打たれた。追い討ちをかけるように何度も何度も打たれて、私はいよいよその腕に噛み付いた。
 泣きじゃくり、髪を引っ張り、噛みつき、食いちぎらん勢いで取っ組み合う。


「———あんなやつ知らない、どうでもいい! どうにでもなっちゃえばいい、私には関係ない!!」

「じゃあなんであいつはあんた以外の女としか関係持とうとしないのよ!!」
「知らない!!」
「あんなになってもまだ、あんたのこと無意識の(ふち)で護ろうとしてるからだ!!」


 涙がこぼれた。

 雨に打たれて、泥まみれになった体で、嗚咽が漏れて、傷が痛んだ。血が滲むぼろぼろの体を辿っていくと、ボヤけた視界の正面で、

 先輩も泣いていた。

 とん、と肩を小突かれる。俯いたまま力無くとん、と、もう一度小突かれて、濡れた髪が腕にすがりついてくる。


「…人は誰かの代わりになんてなれない」

「…」
「あたしじゃあんたになれっこない…っ」


 あたしじゃ、ダメなんだよ。


 涙ながらに絞り出した言葉に、安斎先輩の藤堂先輩への想いを見た。じん、と身体中の傷が軋んで、立ち上がった彼女を目で追いかける。


「あたしが前にあんたに手ぇ出した時、
 あいつあたしに土下座して頼み込んだんだよ」




———————約束したんだ。




『俺は彼女を救いたい』






「…藤堂はあんたを救いたがってた。
 今度はあんたが返す番なんじゃないの」


 素っ気なく言い放つと、私の歯型を付けた傷だらけの手はやがて傘を拾い上げて、ゆらり、背を向けて歩き出す。
 彼女同様、身も心もぼろぼろになった姿で見上げた空は、この間見た晴れ間をまるで見せてはくれない。