「ちょっと、大丈夫?」


 翌朝、自分の咳で目が覚めた。


 それも、よく嘘の風邪真似をする時に出るような渇いた咳とは程遠い、気管の奥からせり上がってくるような(たん)の絡んだ鈍い咳。
 鼻で息をしようとしたら、代わりにちゅん、と頼りない音がした。交通整理だろうか、私の鼻の入り口は通行止めをしている。

 寝巻きを脱いでハンガーにかけた冷たいセーラー服に腕を通し、その際鼻に突っ込んだテイッシュがくすぐったくて盛大にくしゃみをしたら、花粉だとも言い逃れの出来ない色の鼻水が出た。


「熱は? 測ったの?」

「多分よくある風邪だもん。それにもし熱あったら気力で負ける気がするから測らない…」

 食卓テーブルについて、あたたかな食事を前にしても美味しそう、とは思うのに食欲は出なかった。目についたお気に入りの黒猫マグに入ったホットミルクを引き寄せて、ふうふうと冷ましてみる。湯気が鼻をくすぐって加湿してくれるのに、鼻をすするとまたちゅん、と(すずめ)が鳴くような音がした。


「季節の変わり目にまんまと風邪引いたのね。
 あんた普段あんまり引かないくせして一度引いたら絶対熱出るんだから、大事をとって休んだらいいのに」

「駄目だよ今日から五日間期末試験だもん、行かないと冬休み補習になる」



———そう、何を隠そう今日から五日間、期末試験なのだ。ここで一日でも休んでしまったら、例え病欠であったとしても内申の判定が下がると聞いたことがある。

 そして、簡単に休むに至れない要因がもう一つ。









「おはよう」

 結局、お母さんとの押し問答の末市販の風邪薬を胃に流し込んだ。薬の多くは胃に何も入っていない状況で飲むなと注意書きがあるが、ホットミルクだけしか飲まなかった私の胃は試験中耐えてくれるだろうか。

 マスクの中で痰の絡んだ咳をして、死神のような形相で校門をくぐる私に声をかけてきたそいつに、ちらと一瞥(いちべつ)をくれる。


「あれ、風邪?」


 天の河(あまのがわ)だ。ほぼ9割型見栄えの厳《いか》つい部員で結束された剣道部に花だか芽だかをもたらした新星は、今日も黒髪の下で女子顔負けの大きな目を(しばたた)き、甘いルックスを引っさげている。

「ここ最近、激しかったもんね気温の寒暖差。
 あとは慣れないことに根詰め過ぎたとか」