口元に手を添えてくすくすと笑ってみせる天の河に、きょとんと目を丸くする。程なくしてすぐそんな私に気付いたのか、小首を傾げた。


「? 何?」

「…ううん。天の河も以前、柚寧ちゃんにちょっと振り回されたはずだから。今日久しぶりに顔合わせた割には私に和解した経緯(いきさつ)とか聞かないし、それでいて素っ気ない態度とかも取らなかったから。…びっくりしたの。寛大だね」

「あぁ、それはまぁ…ね」

 曖昧な返事で言葉を濁して、寛大ではないよ、と続ける天の河の横顔をじっと見る。彼は何かを取り繕うように頰を掻いた。


「僕だって、何も思わなかったわけじゃない。でも、確かに色々あったけど、過ぎたことに執着して掘り返すのも違うと思ったから。
 あと、辛いって気持ちは、時間が解決してくれる」

「…」

「凛花ちゃんのことだってそうだよ」

「…え?」

「時間が解決してくれると思う」


 その目があんまり優しいから、油断したら絆されてしまいそうで、私は(うつむ)く。


「…時間………っ、くしゅん!」


 くしゅん、ともう一度大きなくしゃみをして、背中を駆け抜ける悪寒にぶるっと身を震わせた。


「風邪? 寒い?」
「いや…ちょっと一瞬寒気がしただけ…」


 それは、突然だった。

 両手を包むように口元に置いた私の手に、天の河の手が重なる。白くて細くて、頼りなくて、

 それでいて大きな手。


 直に彼に触れたのは、実にその時が天の河に抱きしめられた時ぶりだった。あれから時間を経た今となっては、怯えも恐怖もない。けれど。私の冷たい手を指先で少しだけ掴んだ天の河の頬は、代わりに赤く染まっていた。


「…昨日。正当な理由でここにいないって言ったでしょ」

「…、」
「…その意味わかる?」
「…ううん」


「手、繋ぎたい」


 前髪の辺りで届く声に顔を上げると、目前で大きな瞳が揺れていた。…今にも、泣き出しそうだった。


「こわい?」


 そう尋ねたのはそっちなのに、左右に顔を振る私より、彼の方が怯えている気がして。


「…帰ろう」


 そっと呟いて、それきり前を向く天の河の表情は見えないまま。指先を絡めて、壊れ物に触れるように私を引くその手を、きゅっと握り返した。