「っあ———、だめ。やーっぱ数学の説明は藤堂(とうどう)先輩じゃなきゃ頭に入ってこな」


 そこまで言って、ばしぃんと児玉さんが顔面ごと柚寧ちゃんの口を塞ぐ。むご、と悶絶する彼女を見てから児玉さんに視線を移すと、冷や汗を大量に掻きながらにへら、と下手に笑われた。


「すっ、数学の説明は尊い〜って言ったんですよね、今! 柚寧さん!」
「ンーン!」
「わかりますわかります! 尊い〜!」


 謎の美声でビブラートを利かせる児玉さんから、視線を落とす。


 …ここに集まるって決めたときから、と言うかここで勉強するってなった時から、思い出すことはたくさんあった。以前、天の河と柚寧ちゃんと、藤堂先輩とで勉強した時のこと。

 じゃんけんで勝った私たちだけが取り残されたこの場所。拒絶して傷付けた顔。だめだ横切る。気を抜くと思い出す。…集中してたのに、どうしよう。これっぽっちで私、


「凛花ちゃん」


 隣からの声かけに、はっとして顔を上げる。眉根を寄せる私に、黒髪の下から覗く瞳は、優しい。


「また、間違ってるよ」

「…ぁ」
「ゆっくりでいいから。落ち着いて解いてみて」


 白く細い指にとん、とノートの上を示されて、落としそうになったシャーペンを握り直す。こくこくと頷くと、隣で軽く笑ったような吐息が聞こえた気がした。
 そのあと、何度も同じ形式の問題で躓いてしまう私を、天の河は最後まで見離さずに丁寧に教えてくれた。












「大丈夫?」


 結局、昼休みの時間だけじゃ足りないからと放課後、また図書室にみんなで集まって勉強した。

 試験範囲の膨大さと、理解度的に試験当日まで根を詰めなければならない私と柚寧ちゃんは既に、頭の中容量不足(キャパオーバー)でパンク寸前だ。

 帰り道、遅くなった私がいつも通り天の河と帰途を共にしていると、彼はぐらぐらと左右に揺れながら歩く私に心配そうに声をかけてきた。


「あっ…頭から煙出そう…図形とか意味不明だし…点が動いたり…そもそも何で点が動くんだよ…」

「理屈がわかってると図に表したほうがわかりやすかったりするんだけど、うーん…相容(あいい)れない人はずっと無理って言うよね。
 常葉(ときわ)さんも目、回してて笑ったな」