「あの日、何があったのか」
立ち止まってじっと天の河を見据えると、彼も同じく立ち止まる。やんわり乗せていた笑顔は、次第に失われていく。そうさせているのは私なのに、一丁前に傷つくなんて傲慢だ。
「………言及していいとこだよ。私、こんな風に優しくしてもらう資格ない」
「…明日。昼休み、みんなで試験勉強しよう。凛花ちゃん数学苦手でしょ。ケアレスミス多いから。前みたいにまた教えたげる」
「天の河」
「僕だって同じだ」
相手が踏み込んだことで、俯いた視界に天の河のスニーカーの先が見えた。遠慮がちに顔を上げると、目と鼻の先に天の河の輪郭が映る。
「全然正当な理由でここに立ってない」
黒目がちの大きな瞳が私の手元を見た気がした。手持ち無沙汰になって、思わず鞄の持ち手に運ぶ私の両手から視線を離すと、またぱっと顔をあげて前を行く。その眉は、豆柴のように頼りなく下がっていた。
「…おあいこでしょ?」
「…、天の河」
「明日。勉強ね、昼休み図書室集合。すっぽかしたら…うーん、渾身の変顔披露で」
「…やだよ」
「なら来てね」
また明日、と軽く手を挙げて別れ道の向こうへ消えて行く姿は、誰がどう見ても好青年だ。自然とその手にばいばいを返してから、私は自分の掌を見つめた。
☁︎
「な ん で わたしまで付き合わされなきゃなんないの?」
期末試験、一週間前。
職員室への生徒の出入りは禁止され、部活も試験前につき停止。1年の私たちにとって高校生活初の冬の期末試験は想像以上に範囲が広く、昼休みに集まった図書室では仏頂面で柚寧ちゃんが吐き捨てた。
「だって、数学苦手だよね? 春の時めちゃくちゃ苦戦してたし」
「余計なお世話だし。てか、なんで学級委員長、地味♂、地味♀とゆずが仲良くお勉強しなきゃなんないわけ。明らかに場違いでしょ、はーうっざあ」
ダメですよ柚寧さん図書室なんだから静かにしないと、と隣で教科書を広げる児玉さんの言葉も無視で、柚寧ちゃんはチッと舌打ちをする。けど今から図書室に勉強しに行くんだけど、来る? って聞いた時、一人で机に突っ伏していた体をめちゃくちゃ嬉しそうに飛び起こしたのは柚寧ちゃんなんだけどな。
苦笑いしてから教科書に視線を落とすと、向かいでピンクのシャーペンが柚寧ちゃんの手元でくるくると回っている。