「途中までめちゃくちゃいい感じだったのに。私のこと見つけて油断するなんて、まだまだだね」

 一年が副将に喧嘩売るなんて中々骨があるやつだよ、と私を館内へと連れてきてくれた主将さんは去り際に言っていた。なんでそんなこと、って訊ねれば、天の河は息が抜けたみたいな笑い方をする。

「…なんでだろう…自分を奮い立たせたかったのかなぁ」

「なにそれ」
「ふふ。でも、何でかな。今なら勝てる気がしたんだ」

 両目を閉じて笑って、開いた瞳が私を見る。言葉に出そうとして飲み込んだように思えた。口を開いて閉じた、その仕草ひとつで。


「………凛花ちゃん、大丈夫?」

「…うん」
「…」

「…傘を差してくれてなかったらもっと濡れてた。…ありがと」


 座り込んだまま(うつむ)いて、思い返すのは数日前の、雨の日のこと。
 きゅっと口を結んで弱音は転げ落ちないようにするのに、それを覗き込んだのは、上体を起こした天の河だ。

 黒目がちの大きな瞳に魅せられて。胴着をまとった手が、ふと。私の横髪に伸びたところで、きゅ、とその手を結んだ。

「…帰ろっか。着替えてくる」

「…うん」














「もうすぐ期末試験だね」


 先輩に拒絶されたあの雨の日から、数日が経っていた。

 あの日公園で茫然自失になる私に傘を差し出したのは天の河で、その日から自然と、彼とは下校を共にするようになった。

 天の河とは夏の始まり、体育祭の一件で色々あった。A組とD組でクラスが遠うにしたって、めっきり顔を合わせなかったのは。天の河が私に気を遣った働き掛けによるものだと思う。

 次に顔を合わせる時は気まずいだろうし、もう話はしないんじゃないかとも思った。嫌われても仕方ないくらいなのに、彼は今もこうして、私の隣にいてくれる。


「この前やーっと中間試験が終わったと思ったらまた期末、学生って大変だよね。凛花ちゃんは前の中間、結果どうだった?」

「普通」
「そっか。僕らは主将が厳しいから、60点以下取ったら部活のメニュー増やされんの。あの人の仏の仮面の下は般若(はんにゃ)だと思うよ」

「何も聞かないんだね」