「入部希望?」



 剣道場の中を外の格子付き地窓中から覗いていたら、上から声が降ってきた。
 中では激しく竹刀(しない)がぶつかり合う音と、裸足が床を滑る音、そして剣道部の生徒が声を張り上げているのが聞こえてくる。

 剣道着を着た短髪の男のひとだ。優しい面持ちから、熊みたいなひとだな、と思った。
 やがてはっとして慌ててぶるぶると顔を振る私に、彼は何かに気がついたようにつぶらな瞳を丸くする。


「…あ、君1年生だよね? ひょっとして塩見(しおみ)の…」

「え、ぁ」
「やっぱり。ついておいで」


 こっち、と手招きをされて、よくわからないまま渋々そのひとについて行く。


「今から二年の副主将と稽古つけるんだ。よかったら見てやって」


 この辺にいていいから、と言われるがまま剣道場の隅っこの床に座る。

 もう冬に差し掛かった剣道場の中はフローリングの床も冷たくて、でもそんな中で剣道部の人たちは夢中になって練習に励んでいた。外で盗み見していた時より館内は竹刀を打ち合う音が鮮明で、時折その強い音にびくっと体が揺れてしまう。

 やめ、という声かけがあって、部員が壁の両サイドに腰を下ろす。
 間も無くして奥から全身剣道着に身を包んだ二人が出てきて、垂名札の〔塩見〕の文字を見ると自然と背筋が伸びる。





「——————始め」

 向かい合って立つ副将と天の河(あまのがわ)。しばらくお面の下で私たちには見えない会話をしたのか、スッと腰を屈める。その両者の間に立った1人が手を挙げ、そう言い放ったのを合図に竹刀が重なり合った。

 始めは竹刀の切っ先を探るように(つい)ばみあい、時折隙をついた一方が踏み込んで肩辺りまで迫る。それは、多分白熱していた。二人を両脇から見れるよう壁沿いに整列した全員が息を飲み、素人(しろうと)の私が見ても夢中になってしまうほど。フロアに掛け声と、竹刀がぶつかり合う音だけが響きあい、両者一歩も譲らぬ戦いに夢中になる。

 それは、刹那のことだった。

 勝負に夢中になるあまり身を乗り出した私の目と、試合真っ只中の片方の人と目があった。途端、それまで相手に集中していた敵意が瞬く間に四散する。

「———え、なんで凛花(りんか)ちゃんがここに」

 直後、パシーンと軽い音が剣道場に響き渡った。

















「………だっさ」

 剣道場の真ん中で大の字になって胸で息をする天の河を、真上から覗き込んでみる。あぐらをかいてそこに頬杖をついてそう言ったら、目を閉じていた天の河はうっすらと片目を開き、力無く笑った。