「なんもしないんなら出…」


 羽織っていたカーディガンを脱いで、机の上に置く。そのまま(うつむ)いて振り向いたら、先輩が少しだけ驚いたみたいな顔をした。

 そのまま机に腰掛けた先輩の足の間に立って、セーラー服のスカーフを外す。おい、って先輩に呼ばれてから、

 涙でぐちゃぐちゃになった瞳で先輩と目があった。


「………オズ、」


 揺れた瞳が確かに、そのとき色を取り戻した。

 はっとしたように伸ばした手が頬に触れる前に、それでも私は何もかも捨ててその場から逃げ出した。











 






(…雨)


 足は、自分でも知らないうちに大王公園に辿り着いていた。ベンチに腰掛けると、ペンギン大王の遊具をぼんやりと仰ぎ見る。

 冷たい静かな秋雨が傘を持たない私の体に溶けていく。怒りも、悔しいって気持ちも、私に溶けて全部なくなっちゃえばいい。だからまた頑張ればいいよ。あんなこと言われてもさ。大丈夫。頑張れる。何を、

 何をだ。


 笑って、頬に雨じゃない光が伝う。


「………もう無理だよ…っ」


 心が、徹底的にへし折れた。

 もう無理だ。誰かの声で誰かが変われるなんて、そんなの綺麗事だ。人はそう簡単に変われない。もがいて苦しんで、それでも自分にしかなれない。

 涙が溢れてうわあん、って泣いた声も、全部無いみたいに雨に消えていく。
 もういない。あの穴から飛び出した、サングラスをかけた似非(エセ)殺し屋は、身の丈に合わないのに無理にスプリング遊具に跨っていた先輩は、もういない。

 オズちゃんって、笑ってくれたあの人はもうどこにもいないんだ。


 消え入るような声を堪えて自分を抱き締めたら、渇いた地面に落ちた涙が染み込んで、白んだ空も本格的に泣き出した。冷たい雨に全身を打たれて、静かに目を閉じる。

 ふとそこで、雨が止んだ。ぽつぽつと雨粒が跳ね返される音と、濡れた髪の合間からローファーが映り込む。


 顔を上げると、私に傘を差し出した天の河(あまのがわ)が静かにそこに立っていた。