一際甲高い、それでいて聞いたことのある声だった。必要以上の猫なで声、柔らかなツインテール、大きな瞳に甘い香り。

 どこからともなく現れた柚寧(ゆずね)ちゃんは、口に手のひらを添えてピンクのスマホを見ながらぱたぱたと駆けてくる。


「やば———、動画撮っちゃった。これインスタであげちゃおー」

「…は? 何勝手にあげてんだよ貸せよ!」
「いやでーす」

 ひら、と体を翻した彼女はくるくる回って回避すると、軽い身のこなしでた、と私の前に立った。そのままアプリの投稿ボタンに手を添えて、きゅるっと笑わない目で顔を傾ける。


「自分らの顔が終わってるからって(ひが)んでんじゃねーよクソブス。性格ごと整形しろ」


「………、っ」

「なあ早く行けって。ガチで投稿すんぞこら」


 春に耳にした声から発せられる聞いたことのない発言に耳を疑っていたら、「…いこ」と二年生の取り巻き達は去っていった。
 地面に倒れていた私の体を振り向いた柚寧ちゃんが引っ張り起こして、無表情のままセーラー服についた足の痕をぱんぱん、と乱暴に払う。


「………ゆず、」
「借り返しただけだから」

「…え、」

「文化祭と、…トイレの時の」


 後からタカられたら困るからもうこれで借りゼロね、って冷たい声に言われて、じっと見つめていたらやっとそこで目があった。相変わらず可愛らしい顔に、真っ直ぐな栗色の瞳が瞬いて、でもすぐにふい、と逸らされる。


「柚寧ちゃん!」

「…」
「………ありがとう」


 立ち止まった背中は振り向くことはなかったけど、でもその声は多分、届いた。







 ☁︎


 そんなことがあったから、とても正攻法で先輩に接触を試みるのは無理だ、と諦めた。
 かといって、先輩に「話があります」とメッセージを送ったところで案の定既読はつきもしない。

 だから、朝に聞いたクラスメイトの噂を使うしかなかったのだ。