「お邪魔しました」


 学校が終わって、放課後の時間だけではあっという間に時間が過ぎてしまった。女子会、と言った割には何をしたわけでもなく、単に児玉さんの素性がバレただけな気もするが。玄関先でローファーの爪先をとんとん、と鳴らす私に児玉さんは名残惜しそうだ。


「本当にもう帰っちゃうんですか? 晩御飯もご一緒出来ますけど」

「ありがとう。でもお母さんに連絡してないし、遅くなっちゃうからまた今度、ちゃんと挨拶しに来るよ」
「そうですか…元はと言えばわたしが無理言って連れて来ちゃいましたからね、バス停までお伴します」

 ふとそこで、児玉さんの背中からひょっこり零くんが顔を出した。やっぱり小綺麗な顔をしてるな、物凄い無表情(ポーカーフェイス)だけど。

「また来いよ、凛花」
「え、あ、うん」

 な、なんかさらっと呼び捨てにされたけど今の中学生ってみんなこんな感じなんだろうか。だとしたら変に訂正するのも妙だし、と思って黙って飲み込む。玄関先までお見送りに出てくれた零くんに、手持ち無沙汰だからと手を振ると、小刻みに振り返してくれた。










 季節はもう11月。日が暮れるのも大分早くなった。空を見上げる私に、家から少し離れたところで児玉さんがずさぁっと私の横に位置付いた。

「す、凄いですあの零が初対面のそれも女の子に心許すなんて…いつも煙たがって相手にすらしないのに、さすがは凛花さんっ! どんな手使ったんです!?」
「べ、別に何もしてないよ」

 まさか心を打ち解けあった理由に、貴女が絡んでるんだよ、なんて言ったら児玉さんは発狂しそうだ。世の中には知らなくていいこともたくさんある。優しい嘘とおんなじだ。どこか釈然としない様子で腕を組んでクエスチョンマークを飛ばす彼女に、私はくすりと微笑んだ。


「でもせっかくお家まで来てもらったのに、単に騒ぎ倒して終わってしまいましたね。本当は女子会と称してお二人を和解させる方法を考えるつもりだったのに」


 今度は違う議題でむぅ、と考える人のポーズを取る児玉さんの口ぶりからすると、私と先輩とのことは「仲違い」として捉えられているみたいだ。
 一度は目を丸くしたけど、弁解するのもやめておく。本当を伝えるために掘り下げたら墓穴を掘る気しかしない、そんな臆病から防衛線を張った。


「大丈夫。児玉さんに聞いてもらえて私、すごく気が楽になったし」

「ほ、本当ですか!? わたしで良かったらいつでも言ってくださいね、何なら藤堂先輩等身大サンドバッグも特注で製作しておきますから」
「アッ…うんありがとう」

 それ相当骨が折れるし完成度高そうだな、と思ったところでバス停に着いて、丁度バスが来た。また明日、と手を振って別れる。バスに乗り込んでもなお児玉さんは外でぶんぶん手を振って、結局姿が見えなくなるまでお見送りしてくれた。


『簡単なことじゃないんだ』


 文化祭のとき、まだ何も知らなかった私に先輩はそう言った。そうかもしれない。でも誰もがいつだって誰にも言えない傷を抱えて、そんな自分と闘ってる。立ち上がった人がいる。児玉さんだって、私だってそう。先輩だってきっとそこに立てるはずなんだ。


 私はあの人に救われた。今度は私が、先輩を助けたい。だから。


(…絶対に取り戻す)


 欠けてしまった、あのひとの「心」を。