「もういいんじゃねぇの。付き合ってるって言っとけば」

「はぁ!?」

「変に言い訳すっから周りが探りかけんだよ。いっそ肯定しちゃった方が事態丸く収まるって。俺別に気にしないし」

「私が死ぬほど嫌なんです」

「うおーい…俺にも人の心はあるんだよー…」

 半目になってちーん、と消沈する先輩は「あながち間違ってないじゃん、永遠の愛を誓い合った仲だし」とか言ってるが、誓い合った覚えはないし勝手に約束を取り付けたのはそっちだ。

 不名誉な噂の一人歩きほどタチの悪いものはない。先輩と私なんて言うならば月とすっぽん、これまで築き上げてきた彼の名誉まで私のせいで毀損してしまったら、と青ざめていると頭にぽんと感覚があった。

 手のひらをパーにした先輩のマジックハンドだ。見上げる私に、目を細めてほんのり口角を上げる彼。そして何かを言い出そうと口を開いた矢先、

—————————思いっきり頭を掻き乱される。

「ぎゃぁああ! 何すんだばか!」

「ざまあみろ、生意気娘」

 べーと舌を出しピースすると、先輩はマジックハンドを掲げて三年の棟に戻っていく。くそ、いつかあの野郎とっちめてやる、なんて。ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えながら遠目に見たその姿は、国旗を携えた軍隊より心強く、

 何故かほんの少しだけ誇らしく思えた。


「そこの1年」


 不意だった。背中から届いた声に振り向いて、硬直する。そこには、見たこともないほど綺麗な、長身の黒髪女子が腰に手を当てて立っていた。



「ちょっといい?」