「…累はさ、物心ついた時から人のことばっか考えてるタイプなのね。
自分のことはいつだって二の次で、自分の誕生日のケーキすら俺に苺差し出してくるようなバカだった。だった、じゃないか…今も健在だから」
視線を逸らしたまま言う零くんの言葉に、自然と背筋が伸びる。淡々と語る口調に色はないのに、どこかさめざめとした空気があった。
「小学校に上がった時、友だちを連れて来たことがあって、この部屋に累合わせて4人。
累がお菓子取りに一階行ったとき、部屋を通りすがったおれは聞いたんだ」
———児玉ちゃんて、ほんとちょろいよね
———わかる。てかさなんで私らのグループ入れてんの
———資金源だよー、暇な時お菓子パーリー出来んじゃんこの家で。お金かかんないしぃ、お母さん児玉ちゃんのことは信頼してるから。
———じゃなきゃわざわざ付き合わないよ、あんな面白みもない人間!
「…戻って来た累は、扉の前で。見上げたおれに眉を下げて笑ってた」
自分が言われたわけでもないのに、頭の後ろを金槌で殴られたような衝撃を受けた。聞いた私がこれなら、友だちだと信じて笑った児玉さんの心は、そのとき絶対、徹底的に傷ついた。
「もっと友だち選べればいいんだろうけど、順応? っていうの、それにうまく溶け込めるおれと違って。生まれ持った性分はそうそう変わんない。だから累は何度も泣いてきた。
それ以来誰かを家に連れてきたことなんかなかった累が、久しぶりに友だちを連れてきた。
品定めくらいするでしょ、泣かないようにするのが弟の役目だ」
「…」
「あんたの話も聞いた、助けてもらったんだって。耳にタコ出来るくらいおんなじこと言うんだもん」
「だから累、相当嬉しかったと思うよ。
あんたに声かけてもらえて」
〝それにどれだけ私が救われたかわかりますか〟
文化祭のとき。今にも降り出しそうな空みたいな表情で、児玉さんは笑った。その時の言葉の意味がすとん、と胸の中に着地して、じわり、心の中に溶けていく。
あたたかな温もりを確かめるようにきゅっと下唇を噛むと、そこで、初めて。
零くんが、眉を下げて笑って、深々と頭を下げた。
「姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」