今度は、児玉さんの顔面に「意味がわからない」といった文字が浮かんで見えた。こうも人に心を読ませる表情を浮かべられる人間も珍しいんじゃないだろうか。眉間に皺を寄せてみたり、顔面蒼白してみたり。一通りの百面相をしてみせた彼女は、膝に置いていたお弁当箱の蓋を閉じて私に向き直る。

「どうして…だってあんなに凛花さんのこと」
「それとこれとはまた話が別なんだよ」

 先輩のことを語るには、どうしたって奈緒子(なおこ)さんのことを避けては通れない。でも、本当のことは言えない。言えば、藤堂先輩だけでなく、彼のことを想って頭を下げた、智也(ともや)先輩の気持ちまで踏み(にじ)ることになるから。

 自分のことを誰かに伝えるために、それを紐解くことは簡単だ。でも入り組んだ糸に絡んだ、誰かが誰かを思う気持ちを犠牲にしてまでする話では、絶対ない。私の気持ちは、私だけで処理してしまえばそれで済むんだから。

「私の〝好き〟と先輩の〝好き〟は違った。それだけ」


 大層敷居の高い人に恋をして、玉砕(ぎょくさい)した。その肩書きで十二分に足りるなら、なおのこと。


 お箸でつまんだ卵焼きを見て、目を閉じる。気持ちが落ち着いてからゆっくりと開いたら、児玉さんが眼鏡の奥で、泣きそうな大きな瞳を少しだけ細めていた。


「つらかったですね」


 気づかないふりをして、誰かに伝えることに怯えて、言葉にしなかったのは、全部認めるみたいで怖かったからだ。自分はきっと大丈夫、そう心のどこかで俯瞰して頑なに言い聞かせてたのは、それでも期待してたからだ。


 あんな風に全部0になるとは思ってなかった。
 もっと自然に挨拶くらいはかわせるんだと思ってた。



 あれじゃまるで私たち、出逢わなかったみたいだ。



「…凛花さん」
「…っ、ごめ、ちょっとなんか…お弁当の…、わさび…からしみたいなの目に沁みた」

 眉間に両手を添えて小さくなる私の、その手をガバッと取られる。彼女は大きな瞳で真っ向から私を見据えると、桃色の唇を震わせた。


「わたしに、考えがあります」