「藤堂先輩と凛花さんのコンビ鑑賞ですよっ」


 またまたはぐらかしちゃって、と背中をぺすんと叩かれて、そのまま前のめる。
 …そうか。児玉さん、ここ一ヶ月くらい生徒総会でバタバタしてたから、たぶん何も知らないんだ。

「いや、ここ最近わたしとしたことが忙しさにかまけてちっともお二人のこと追えてなかったですから。盛大に満たしてくださいこの枯渇(こかつ)

「あの…そのことなんだけど児玉さん」
「はぅあっ! 噂をすれば影がさす!」


 姿も見えないのにどこから何を聞きつけたのか、間を置かずして教室窓際の下の方からきゃいきゃいと女子生徒の声が聞こえてくる。そこにちょっとの男子生徒の笑い声が混じって聴こえて、一際元気な笑い声だけ、すんなりと私の耳に入ってきた。

「行きましょう凛花さん」
「えっ」

 振り向いた彼女は赤縁眼鏡の奥で大きな瞳を輝かせる。そこに誰がいるかを確認する前に、勢いよく手首を引っ張られた。










「相っっっ変わらずの多勢に無勢…!」

 短距離走には自信があるけど、体力に自信があるわけじゃない。それなのに児玉さんに関しては出し抜けに駆け出したくせして息1つ上がってないって、どういうことなんだろう。体力のバケモノだ。
 そう、膝に手をついて息を整えていると、建物の向こうで数人の生徒に囲まれている、


(…ぁ)

 藤堂先輩の、姿が見えた。


 一ヶ月ぶりに、見た。

 今までは何とも思わなかったのに、その姿が視界に入っただけで、心臓を鷲掴みにされたみたくぎゅっと凝縮する。まるで雑巾を両手で絞《しぼ》ってる時みたいに。

 何1つ変わってない。陽の光を受けても透けない黒髪も、軽く上げてる前髪も、緩く結んだネクタイも、ころころ変わる腕時計も。違いを取り立てて言うならば、季節が冬になるにつれていつもの腕まくりスタイルをしなくなったくらいだろうか。

「今です!」
「え、ぅわっ!?」

 懐かしい感覚に涙腺が緩みかけた直後、とんっと背中を押された。

 建物の影に隠れていた体は道のど真ん中に放り出されて、わいわい賑わっていた生徒たちの群れの前にぽつり、浮いてしまう。慌てて振り向けば児玉さんにはウインク混じりで親指を突き立てられて、さっと青ざめる。

 恐る恐る正面を向くと、道の向こう側に立っていた先輩もほぼ同じタイミングでその目に、私を映した。
 焦茶の瞳が驚いたように少しだけ目を見開くと、手を挙げて。やわらかく破顔する。