やったんだ。
 
 その言葉1つで落ち込む自分の器の小ささにショックを受ける。当たり前だ。付き合ってるんだからキスくらいしてる。どこに一喜一憂してんだ私は。俯いて小さくなる私に、けれど言葉は後を追って届く。
 

「…オズちゃんに会う前の話だよ」
 
 
 春に交わした「あの約束」は(たが)ってない、とこんな時でもそんなことを気にしているみたいに、目を塞いで、世界を手で覆い隠したまま、
 
 もう、言葉は重力を(たずさ)えていた。

 
 
「…毎日、毎日…
 
 …茫然(ぼうぜん)自失で。どこが前か後ろかもわかんなくて、立ってるのもやっとだった。そんな時に女の人に声をかけられた」
 
「…」
 
「どうでも良かった、何もかも。
 …唯一、誰かの腕の中で眠っている間だけ、罪から逃れられる気がしてた」
 
 
 しかと、聞こえてしまった。
 
 
「それなのに、俺は勝手に。オズちゃんを守ることは奈緒子への罪滅ぼしだと思ってたよ」
 
 
 伸ばした手は、届いてしまった。
 
 
「俺に、オズちゃんのそばにいる資格なんて初めからなかったんだ」
 
 
 私が、その手を掴んだからだ。


 どうしたって罪深い。先輩も、それから、私も。嫌われることを臆さずに吐き出した本音は、心を穿(うが)った。最低だろって笑うあなたに、それでも恐れて飲み込んだ私は、じゃあ何だ。

 しがらみから逃れるために、全部振り払って浜辺に向かって駆け出した。驚いたように口を開いて身を乗り出す先輩に、私は振り向いて、笑う。


 泣くな。出てくるな。飲み込め、本当のことは、自分の気持ちは。

 手放すために言うんだ。


「先輩のことが好きです」
「、」

「好き」


 なんで、という顔だった。どうして、と心から(とが)められた。曖昧なままでやり過ごせない私を、せめて叱りつけてくれたらいい。どこまでいってもあなたに背を向ける度胸もなく、


「………ごめん、俺は」


 あなたにそんなことを言わせる私を。


「奈緒子が好きだよ」


 いつも真っ直ぐ人の目を見る先輩が、その時初めて目を、逸らした。その反応がすべてだった。


「…それを聞いて、安心しました」

「…」
「ここで、私に頷いていたらぶん殴ってたところです」