智也先輩は笑う。泣きそうな顔で。


「…それ自体は問題じゃない。厄介なのは母親だ」
「…母親、」

「…責めるんだよ。おばさんが、藤堂を。
 人殺し、お前さえいなければ、奈緒子はって。
 藤堂も責任感強いから。それに対して謝るんだよ、ずっと」

「…、っそんなの、」

「わかってるよ、これは誰のせいでもない。でもあいつはその辺割り切れないからさ、ずっと。ずっと耐えてたんだと思う」


 おばさんの気持ちに寄り添うために、諦めないで奈緒子にも付き添って、煙たがられて拒絶されて。罵倒(ばとう)されながら、それでも通い詰めてたよ。


「でもそれを毎日繰り返してたら、なんだか様子がおかしくなった。生きてるのに、死んでるみたいでさ。でも体は、奈緒子のところへ行こうとする。意識なんかなくても、それが義務みたいに。おれは怖くなって、これ以上あんな藤堂のこと見ていたくなくて、もう行くなって、止めた。でもあいつはそれでもかすれた声で、大丈夫って笑ったんだ」

「…」



「その日を最後に、藤堂は壊れた」



 頰に、雨が落ちた。

 そう思ったら、涙だった。視界は霞んで、よく見えない。
 壊れた機械みたいに涙を溢れさせる私に、智也先輩が、ゆっくりと振り向く。

「…あいつは、ずっと笑ってるけど。本当はずっと暗い孤独の淵にいる。心から何かを感じたり、喜んだり、怒ったりってのがもう、あるかわからない。隣で見てても、気力だけで立っているように見える」

「…」


「それが今の藤堂(あいつ)だよ」










 つい最近向けられた藤堂先輩の笑顔が、まぶたの裏に浮かんでは消えていく。

 でもそれ以降、私の中で彼が笑った顔を思い返すことは、なかった。