「え?」

「今日、一日付き合ってもらったお礼です。どうしたらいいか迷ってたんですけど…我ながらいい嘘付けました。因みに父親の誕生日は私と同じ6月に終わってます」


 でも智也先輩が自分で選んでくれたものだから、センスに関しては安心かと。へへ、とはにかんでみせると、智也先輩は小さくありがとう、と言っただけだった。…お気に召さなかったのかな、サプライズ。男心は難しい。

「じ、じゃあ、私はここで。智也先輩もお気を付けて」

 手早く二度ほど手を振って、そのままくるりと背を向ける。
 一方で、坂道を下っていく私をよそに、受け取った万年筆に視線を落としていた智也先輩は、


「小津さん!」


 私を、呼び止めた。


「…ちょっと、時間ある?」
「…え、」

「教えてあげる全部。藤堂のこと」














 ☁︎


 智也先輩に連れられるがまま、人通りの多い道から離れた高台に来た。町を一望出来るそこはさっきの映像の場所と似ていて、夕陽が辺り一面を橙色に染めている。
 階段続きで呼吸を整える私とは裏腹、智也先輩は息一つ上がっていない。

「…あの、」
「事故に遭ったんだ」

「えっ?」


 言葉が、藪から棒過ぎて、頭がついていかない。

 呼吸をするのも忘れていると、先に立っていた智也先輩が少しだけ笑って、振り向いた。


「奈緒子。突然飛び出して来た車に跳ねられて、一命は取り留めたんだけど。頭を強く打ち付けたせいで、俗に言う昏睡状態。意識は今も戻ってない」
「…い、いつから」

「……おれらが1年の夏の終わりのことだから、今から二年も前になる。晴れて付き合ったは良かったんだけどあの二人、最後の方喧嘩ばっかりしてたから。その都度奈緒子は共通の友人であるおれに愚痴りにくるのが日課になってた」


 あの日も。


「事故直前まで藤堂(あいつ)が奈緒子の(そば)にいた」


 淡々と語られる言葉は冷静に思えて、その横顔には色んな感情が殺到していた。渋谷の、スクランブル交差点みたいだ。全く違う意志を持った人びとが自分たちの目的のために交錯して、ぐちゃぐちゃになって、ないまぜになる。