「姉夫婦が家に来ててさ、出かけるのに(めい)っ子に泣かれて、引き剥がすのに手こずっちゃって…だいぶ待った?」

「いえ、私もほんの数分前来たとこなので。時間も定刻ジャストです」
「それなら良かった。行こっか」

 (うなが)されて、こくりと頷く。何故私が智也先輩とこんなことになっているのかというと、それはつい昨日まで(さかのぼ)る。


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「はいこれ」


 移動教室が終わり、渡り廊下を歩いているときの話。ちょうど廊下の(はた)に見えた藤堂先輩に、智也先輩が小さな封筒を渡しているのが見えた。
 

「おっ。いつもありがとうございやす」

「こちらこそ変わり映えしなくて申し訳ない」
「なんのなんの。誕生日覚えてくれてるだけで十分すぎるくらい感謝なんで。あ、俺次選択体育だから行くわ」

 最後にまたサンキュ、と片手を挙げる藤堂先輩は、それきりぱたぱたと駆けていく。その姿が建物の中に消えてから、私は静かに彼の元へ忍び寄った。


「と、智也先輩」

「わ、小津さんかびっくりした。今藤堂行っちゃったとこだよ」
「いや、あの、じゃなくて」

 誕生日、なんですか。

「…藤堂先輩」
「え? あ、うん。10月8日。いつも当日か過ぎてから渡すんだけど、今年は週末で体育の日と被るから先に渡しといた」
「———」

 口元に手を置いて、余りの衝撃に(くずお)れる。まじで、まじか。そういえば私そんな大切なこと。自分はちゃっかりプレゼントもらって置きながら、先輩の誕生日がいつなのかすっかり聞くの忘れてた。
 てか仮にも好きなひとの誕生日も知らないってどうなんだ私。

 (うずく)まって顔面蒼白したまま、ぷるぷると震える。その遥か上空で、ぽりぽり頰を掻く智也先輩。察しの良い彼はそれだけで大体を理解したようで、悠々とこう切り出したのだ。


「何なら行く? 誕プレ買いに。付き合うよ」











 そして、ふりだしに戻る。

 目的が目的とはいえこうして智也先輩と二人っきりで出掛けるのは初めてだ。私服を見るのも。

 麻色のシャツに、カーキのブルゾン、黒のタイトパンツに白スニーカー。メンズの流行りはよくわからないのでなんともコメントし(がた)いけれど、智也先輩は、自分に見合った服を纏《まと》うのがとても上手そうに思える。体型も細身だから余計様になるし———、と。

 もう一度見慣れない姿を下から順に目で辿っていると、見上げた先で視線がかち合った。

「ところで藤堂に何買うとかは決めてるの?」

「えっ!? 、あ」

「うわ露骨に目ぇ逸らしたね」