「、せんぱっ」
しー、と今一度私語を慎しむように促され、ぎゅっと口を噤む。かと思ったら手袋をつけた先輩の手がそっと私の指先を取り、自分の片手を二度ほど振って———ポンッと1つの花束を飛び出させた。そう、かつて春、私に見せたちっぽけな手品のように。
「…俺と仲直りしてください」
小さな花束を掲げる先輩から、躊躇いがちに花束を受け取る。花が自身の手から離れたと知って顔を上げる先輩に、私が聞きたいのは、聞かなきゃいけないのは、ひとつだけだ。
「…何回練習したんですか?」
「…82回」
パァン、とクラッカーが鳴る。
「うっっっわリア充爆発しろ———!」
「藤堂ロミオ、これを機にお嫁に貰われまーす♡」
「ふざけんな色白美少女捕まえてー!」
ガコンとライトが点灯されると私たち二人を祝福するように紙吹雪や花飾りという名の野次が飛んで来て、それはそれは後で片付けるのに大変な量のそれは、色んな意味で会場を沸かせた。
安斎先輩や藤堂先輩の前代未聞な行動で演劇自体は賞を逃してしまったけれど、賛否両論分かれる演劇の結末に、幸いにも肯定してくれる人は多かったらしい。
こうして、私にとっては高校生活初めて、そして先輩にとっては高校生活最後の翔青祭は、多くのギャラリーを巻き込む形で幕を下ろすことになった。
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都立総合病院、702号室。
患者名・平瀬奈緒子と書かれた札を見ると、病室の扉をノックする。
返事を待たずに中に入ると飛び込んでくるのは、個室のベッドに横たわる一人の少女。花束を棚に置き、彼女の元に歩み寄る。不意に酸素マスクに手をかけたその時、
ガラ、と病室の扉が開いた。
母親、千賀子の顔色にかつての覇気はない。元より若く美人だったとはいえ、疲労は老いを加速させる。白髪も以前より増えただろうか。藤堂の姿を見て一度停止はするものの、伏し目がちに入室すると静かに戸を閉めた。
「…前に言いませんでしたっけ、もうここには来ないでって」
「そうでしたっけ? すいません俺この齢にして物忘れが酷くて」
「学校の成績は首位なのに?」
「…誰からそれを?」
「江坂くんが」
「あのバカ」
視線を滑らせて、彼女の顔を覆う緑のそれに目をやる。定期的なリズムでピ、ピ、と鳴る音は今、無性に耳触りだ。
「…前こんなの付けてましたっけ」
「自発呼吸が低下してるの。毎日ってわけではないけど、状態によっては先生が付けた方がいいからって」
「…また来ます」
軽く会釈をするとそれっきり、千賀子の横をすり抜ける。病室を出て数歩歩いた辺りで、背中にばしり、と何かが当たった。
肩越しに見たフロアに散らばる、色とりどりの花びら。それが自分の持ってきた花束の残骸だと知り元を辿ると、離れた距離で憎悪に震える千賀子が口を開く。
「人殺し」
無表情のままゆっくりと瞬くと、色の無い瞳は静かに微笑んだ。