「客の掴みいいよ、この流れのまま行こ」
「次のキャスト待機はやく」

 人が行き交い慌ただしい舞台裏。袖に戻って来た安斎の正面に、海外版壁ドンで待機していた藤堂がにこりと微笑む。

「いいじゃん、ジュリエット」
「当然」
「役との差よ」

 すげえな、と苦笑いする藤堂に、安斎は一歩踏み込む。感情の読めない目をやっと捕えると、至近距離で問い掛けた。


「…あの子と話した?」

「…わー、めざと。俺そんなわかりやすい?」
「あんたがおかしくなるのなんか理由大体あの子だから」









 一度降りた暗幕が上がると、キュピレット家の庭園にセットが切り替わり、これぞロミジュリという舞台装飾が成されていた。夜空の端に現れたロミオは物憂げに遠くを見つめ、ぽつりと言葉を漏らす。

『傷の痛みを知らぬ奴だけが、他人(ひと)傷痕(きずあと)を見て嘲笑(あざわら)う』

 そこへ舞台の高台に現れたジュリエットが、あの定番の台詞を嘆くのだ。


『ああ、ロミオ様! あなたはどうしてロミオ様でいらっしゃいますの? 仇敵(かたき)はあなたのそのお名前だけ、たとえモンタギュー家の人でいらっしゃらなくとも………、』


 月に嘆いていたジュリエットが、突如として動きを止める。一度は芝居だと思われたそれも、あまりに長い沈黙にやがて館内がざわめき出し、硬直する安斎先輩を見上げた先輩もまた、眉を顰めているのがわかる。

 そこで、


「…仮にモンタギュー家の人でいなかったとしても」


 安斎先輩と、目があった。


「———あんたなんかお断り」


 舞台上ではっきりと物申したジュリエット、こと安斎先輩はそれだけ言うと、困惑する館内に構わずどこかへと姿をくらましてしまう。

「え、ちょっ…」

 突然のことに舞台上で棒立ちになる先輩。騒つく館内で事態に気がつき、私も隣の児玉さんと顔を見合わせる。舞台上で一人スポットライトを浴びた先輩は一度舞台の一点を見つめたのち、

 気が付いたように顔を上げ、照明に合図した。


 そして。



「えっ」

 ガコン、という音ともに世界が突如真っ白に包まれる。館内にいた全員の観客の視線が私に集中した瞬間、無数のスポットライトを浴びているのだと気が付いた。

 人目を浴びて真っ赤になる私に、隣の児玉さんは真っ赤になって小刻みに頷いているだけで全然助けてくれそうにない。そうこうしてる間にも周囲が私の背中を押して大きな通路へと誘導し、開けたど真ん中の通路へ飛び出す。

 すると、舞台から降りて来る先輩と目があった。彼は一歩、一歩と歩み寄ってくる。今にも逃げ出したい衝動を咬み殺す私の前まで(おもむ)くと、彼は真摯(しんし)な眼で私を射抜き、静かにその場に(ひざまず)く。