安定のマシンガントークに笑って相変わらずフランクフルトを齧っていると、児玉さんがぴたと口を噤む。
そこで伏せていた顔を初めて上げると、秋晴れの空と、児玉さんの真顔があった。赤縁フレームの眼鏡の下で、大きな瞳がゆったり瞬き、
眉を落とす。
「…無理して、笑わないでくださいよ」
「…え、」
「何かあったんでしょう。藤堂先輩と」
動揺して目を少しだけ見開いた。それすら見逃さなかったのか、彼女は優しく微笑む。
「わかっちゃいますよー。凛花さん親衛隊のこの目は欺けません」
ファン歴半年、と誇らしげに拳を振るう仕草に呆気に取られていたら、糸が切れたみたく切なげな顔をする。それからスカートのポケットから1つの絆創膏を取り出した。
「体育祭のときです」
「え?」
「はじめてわたしが凛花さんと喋ったの。わたし、障害物リレーで盛大に転けてしまって…膝小僧も血だらけで、そのとき凛花さんがわたしにくれたんです」
覚えてる。体育祭の時、観覧席で待機中に現れた児玉さんのこと。あの時渡したお気に入りの黒猫の絆創膏は、それでも彼女の傷に貼られず今ここにある。
「それだけじゃない。あなたは球技大会のとき、仕事を押し付けられてるわたしに手を差し伸べてくれました」
凛花さんは覚えてないかもしれないけれど、と彼女は言うけれど、私は覚えてる。時間に間に合わなくて急いでたときに、見つけたんだ。助けを求められて、困った顔で断れそうになくて仕事を任されていたあなたを、私は見つけた。
「試合の選手だったはずなのに、急げば間に合ったはずなのに、わたしのせいでチームメイトに怒られても、言い訳ひとつしてなくて。…謝りたかった。お礼が言いたかった、あなたに助けられたって」
かち、と止まっていた時間軸が動き出す音がする。
動き出した針の中に、通り過ぎた日々の中に、彼女は私の中に、確かにいた。
ありがとう、それからごめんなさいと伝える児玉さんに顔を左右に振って、私も何を言っていいかわからなかった。情けない。臆病だ。今だってちっぽけなことで迷ってる。こんなに真っ直ぐ思いを伝えてくれる人が、目の前にいるって言うのに。