「…先輩、具合どうですか」

「もう元気。風邪引く割に一晩寝たら治るからね。今日も普通に稽古出てるよ」
「そっか」

 ほ、と息をつき、そして伏せた視線を正面に向ける。


「私、藤堂(とうどう)先輩に告白しました」


「うん」
「驚かないんですか?」
「思い立ってからの行動が速そう、小津さんは」

 滑らかに視線を移して、唇にそっと笑みを乗せる。飴色の瞳を覗くと、それで、と(うなが)された。

「あいつ何て?」

「…何も」
「…何も?」
「何も言ってくれませんでした」

 きゅっとスカートを握り締める。

「…そっか」
「嫌われたのかもしれない」
「それはない。逆ならまだしも」
「でも多分先輩は私にどぎまぎなんかしてないですよね」

「してると思うよ。顔に出さないだけで」


 見ればわかるけどねおれは、って遠くを見る彼に、そこでふと先輩の言葉が蘇った。彼ならわかるのかもしれない。私の知らない先輩を、

 智也先輩なら知っているのかもしれない。


 風がやみ、私たちを(はば)む壁が0になる。


「あの、智也先輩」
「ん? なに?」


「〝奈緒子〟って誰ですか」





 音もなく、その瞬間空気が張り詰めた。






(なんだろう、いま)


 世界の呼吸が止まった。

 …智也先輩の顔が一瞬、強張ったのは気のせいだろうか。



「誰から聞いた?」

「…え」
「藤堂が言ったの?」

「あ、はい…風邪で寝てたとき…たぶん、(うな)されてたんだと思うんですけど、そこでぽそっと呟いたんで…と、智也先輩なら何か知ってるかなって…」

「…そう」


 瞠った瞳は床の一点を見据えたまま、まばたき一つ良しとしない。窺うように顔を傾けても、前髪で隠れたせいで彼の表情はわからなかった。

 そしてその飴色が、私を捉えてようやく瞬く。

「小津さん」
「はい」

「あいつさ、」

















「体育館今フリーだってー! B組全員小道具含め、通しで合わせするから台本持って集合ー」

「ちょっと藤堂早く」
「ありー? この辺だったんだけどな…悪いすぐ出ないわ、先行っといて」
「遅れないでよね」

 模擬店や幽霊屋敷の看板等で埋め尽くされた廊下を掻い潜り、〝ロミオとジュリエット〟の台本を持った3-Bの生徒全員が駆けていく。
 ジュリエットにも見限られ、早々に台詞を暗記するなり鞄の奥底にしまい込み開きもしていなかった台本をようやっと取り出すと、ひとり、教室を後にしようと入り口に差し掛かる。


「っ!」

「…こんにちは」
「オズちゃん」

 すると。突如目の前に現れた凛花を見下ろして、藤堂は胸を撫で下ろした。