奈緒子(なおこ)?』



 先輩が呼んだ私の知らないそのひとの名前が、
 魚の骨のように喉の途中で(つっか)えて

 その日の夜、私は一睡もすることが出来なかった。








 ☁︎


…さん


小津(おづ)さんっ」

「あっ、」


 はっとすると、5つくっつけた机の誕生日席に座っていた私に、班員のみんなが視線を向けていた。


「えっと…ごめん、なんだっけ」

「…ショートムービー、最後のBGM音量問題なさそう?」
「あ、うん、すごくいいと思う」

 かんぺき、って親指を立てて笑ったのに、笑顔がへたくそだったのかすぐに覗き込まれてしまった。

「小津さんどうしたの? 今日なんかずっと元気ないよ」

「いつもの根暗に拍車がかかってる」
「ナツ!」
「辛気臭いの移るからやめてくんない? …体調悪いんだったら休んどけばいいし」


 もう出来上がってるから無理しなくても、ってあとあと優しさを付け足してくれる草薙《くさなぎ》さんに大丈夫、って笑ったら、全然大丈夫な顔してねえんだわって荒っぽく言われた。
 その言葉通りいざトイレに行って自分の顔を鏡で見てみたら、改めて死んだみたいな顔をしてる自分に情けなくなる。


 …だめだ。私情にかまけてやるべきこと疎かになるなんて、言語道断だ。…けど。
 水道の水を出してぱしゃ、と顔を洗い、タオルハンカチで顔を拭う。そのまま中抜けした教室に戻ると、つい最近までいつもの仲良しグループで和気藹々(あいあい)と文化祭準備に取り組んでいたはずの柚寧(ゆずね)ちゃんが、ひとりで机に突っ伏している姿が目についた。


「あ、小津さんおかえり」

「あ、うん…ねえ、柚寧ちゃん、具合悪いのかな」

「え、柚寧ちゃん?」


 私の言葉に仲谷さんがぱ、と視線を向けて、あぁ、と軽く声を落とした。

「んー…、違うと思う」
「?」

「最近あそこのグループ一悶着あったとかでゆずちゃんハブられたんだって。フミとサラ曰く、なんでも水とかぶっかけられてたらしいよ」

 水をぶっかけられてた…って、前に私が児玉さんと目撃したトイレでのことか。

「誘ってあげたいけど、うちの班員はそういうの嫌いそうだからなぁ…特にナツとか」