「せ…先生戻ってくるまで、私が()ときましょうか」

「え、小津さん授業は?」

「今1年、レクリエーションなんです。先生帰ってくるまでの10分くらいとかならなんとかなる、はず」
「ほんと? 助かるよ」

 ぱっ、と顔を上げた瞬間いつものにこやかな笑みを向けられて、小さく頷く。

「入って窓際、一番奥のベッドで寝てるから」


 そうとだけ言うと片手を上げて、とんとんと軽い足取りで階段を上っていく姿を見送る。本当ならダメなんだろうけど、授業中だし。でもレクリエーションの時間なら生徒もみんなあちこちで作業をしているから、そのうちの一人減ったくらいじゃ先生にも気付かれまい。ピンクのマジックの範囲は…あとで私が塗ることにしよう。

 深く息を吸って、大きく吐き出す。意を決して指先だけで小さくノックすると、からからと保健室の戸を引いた。


「…失礼します」


 小声で言って、そっと戸を閉める。見たところ、5台あるベッドの内、カーテンが閉まっているのは窓際にある1台だけだ。
 自分の目で見ない限りは、先輩がちょっとやそっとのことで倒れるとも想像出来ないだけに、半信半疑な面もあった。

 抜き足差し足で忍び寄り、ベッド脇の棚に先輩のものと思しき腕時計と、ネクタイが置かれているのを見た途端。そんな疑いが一掃され信憑性が増し、同時にむくむくと緊張がこみ上げてくる。


 ばか。こんなときに私は何てこと。

 途端、頭の中を駆け巡る不埒(ふらち)な妄想をあわあわと手でもみ消して、今一度胸に手を当てる。

 外からの風を受けてふわり、と窓辺のカーテンが舞い上がる。一度それに目をやってから、指先で少し、先輩が眠るベッドのカーテンに指の爪先を引っ掛けた。






(…わ)


 本当に、寝てる。


(て、当たり前だけど)


 人目を凌ぐようにカーテンの中へとサッと潜り込み、音を立てずに丸椅子を引き寄せる。そこにちゃっちゃと座ると、ぴんと姿勢を正した。
 真っ向から寝顔を見るなんて、と妙な罪悪感に苛まされつつ。これは看病だと自分の中で丸め込み、じっとその姿を見据える。

 おでこに冷えピタシートこそ貼ってはいれど、目を閉じて、静かに寝息を立てる様子は思うものがあって。

 だってきっと誰も知らない。



 密度の濃い長い睫毛とか、

 少し焼けた肌の色とか。

 白い枕に散らかる透けない黒髪とか、

 呼吸に合わせて上下する体とか…


(………まずい)