「………なんとかいってよ」
「…」
「…なんなの? なんで? わたし凛花ちゃんにひどいことしたんだよ」
「知らないよ」
私は、柚寧ちゃんにひどいことをされた覚えはない。
「…いこ」
児玉さんにもう一度呼びかけると、振り向かずに前を向く。握った手のひらに少しの震えはあっても、後悔はなかった。
「やばいリサ! ピンクマジックなくなった!」
「えー? じゃあ他の色にしときなよ」
「やだー! だってここ途中までピンクで塗っちゃったもん」
「私、職員室に貰ってくるよ」
その日の午後、1年生は学年で文化祭展示のためのレクリエーションに励んでいた。
模造紙に清書する用のマジックだよね、と言えば仲谷さんがごめん、と手を合わせて、構わず教室を飛び出す。
準備は順調で、展示に使うムービーも眼精疲労と闘いながらようやく完成出来た。あとはその動画を流すスライドの隣に置く説明書きの段階だから、もうゴールまで目と鼻の先だ。
仲谷さんたちとあれこれするの楽しかったし、終わって欲しくないな、なんて階段を降りていたら保健室から一人の男子生徒が出てきた。
「あ、智也先輩」
「あれ。情報回るのえらく早いね」
「え、何がですか?」
「え? 藤堂のお見舞い来たんじゃないの?」
「お見舞い?」
なにそれ。目を丸くする私に、智也先輩があー、と顔を逸らして罰が悪そうな顔をする。
「風邪で藤堂が、ちょっとね。授業中ダウンしちゃって」
「えっ」
馬鹿は風邪ひかないって言うのにな、なんて口走りかけて慌てて口を噤む。でも意外だ。つい最近までそんな素振り1つ見せなかったのに、と思ってから。ふと、今日のお昼に中庭で智也先輩が藤堂先輩のおでこに手を添えていた絵が蘇《よみがえ》った。
「秋口になると必ず風邪引くんだよあいつ、季節の変わり目って言うの? 1、2年の時もそうだった。油断すんなって釘刺すのいつも忘れるわ」
「そ、なんだ…」
「…今、保健室に先生いないみたい。おれも授業があるから戻らないといけないし…困ったな」
保健室を見て固まる私をじっと見て、視線を外し、そう言う智也先輩。顎に手を添えて彼が文字通り困った顔をするだけで、どうにかしなくては、とそんな気になってしまうのだから、不思議だ。



