びしゃ、と激しい音がして、遅れて女子トイレから飛び散る飛沫に身に覚えを感じた。嫌がらせの仕方の定番なのだろうか、これは。
 ホースを差し込んだ蛇口を勢いよく捻ると、壁に追い込んだ柚寧ちゃんに対して、数人の女子が容赦なく水をぶち撒けている。

 女子トイレの入り口で口に手を添え青くなる児玉さんに一度は引き止められると、私はその手を優しく突き放した。


「あっはは! ずぶ濡れやばーい」
「地べた座んなよきったねーな」
「ねー? この方が可愛いんじゃん? ヤったんですか?  ねー、淫乱女。———答えろよ。なあ、」



 きゅ。

 蛇口を強く右に捻ると、そんな音がした。女子たちの手によって激しく床をのたうちまわっていたホースはやがて威勢をなくして、水を止めた私に、その場にいた全員が振り向く。


 目を逸らさないで(たたず)んだ。そんな私に、少しの沈黙を挟んだ後、一人の舌打ちを合図に彼女たちはぞろぞろと女子トイレを後にする。

 その合間を縫ってポケットからタオルハンカチを取り出すと、床に座り込む彼女に差し伸べる。(うつむ)いたまま動かないとわかると、黙って彼女のスカートの上に置いた。


「———だっ大丈夫ですか凛花(りんか)さんっ、お怪我は」

「私は大丈夫だよ。行こう」
「待って」


 その時になって初めて声をあげたのは、柚寧ちゃんだった。振り向くと、全身ずぶ濡れになった彼女がハンカチを握りしめてぎっとこっちを、睨み付けている。


「え、は? 何様? これで助けたつもり? 何なの? 頼んでないんだけど」

「うん。頼まれてない。私が見たくないから止めた、それだけ。だから、柚寧ちゃんに文句言われる筋合いもない」
「は? 何それうっざ。 ヒロインの余裕気取りかよ正義は必ず優先されまーすみたいな? えーきもいきもーい! ゆずそういうのほんと無理〜!」


 以前私に見せていた可愛げをびしょ濡れのままで柚寧ちゃんが振る舞うから、私はそれをただ黙って見据えた。何も思わなかった。ここで可哀想だとか思うのも違うし、あんたのせいでこっちはいい迷惑被ったよ、って声を張り上げるのも違う気がした。証拠がない。傷ついた。私も、先輩も、それからたぶん柚寧ちゃんも。

 ここにあるのはその事実だけで、本当に私が他のどんな理由があったとしても、あんな場面に立たされた柚寧ちゃんを見たくなかった。これは私のためだ。誰かのため、なんかじゃない。

 あなたのためって思えるほど綺麗でもなければ強くない。