「鼻の下伸びてるよ」



 三年教室棟の窓の下に見えた二つの影に頬杖をついてにへにへしていたら、ぽこんと頭を叩かれた。

 丸めた三年演劇〝ロミオとジュリエット〟の台本は自分が出る演劇で、集中しろロミオ、と智也(ともや)にドヤされても生返事でへぇい、と返す。


「違うんだって智也。見てくれオズちゃんが他の女子と喋ってる」

「…あ、ほんとだ。珍しいね、あれ生徒会の子じゃない? 生徒総会で見たことある」

「うん。や、今までいろーんなことあったからさ。めちゃくちゃ頑張ったんだよ、オズちゃん。で、そんな中であーやって普通に他の子と喋って笑ってんの見てたら、もうヤバいな、感慨深くて泣きそうになんの」


 ティッシュ持ってない? と聞いてくる藤堂にねぇよ、と返して台本に目を通す。ロミオの台詞はヒロインについで多いと言うのに、さっきざっとした通しでこの男は完璧にこなしていた。
 台本を閉じ、まるでひだまりで微睡む猫みたいな瞬きをしている隣をそれでも、小突く。

 
「彼女のことにかまけるのは結構だけど、他にもっとやることあるだろ」

「受験勉強?」
「それもそうだし」


 ぐ、と距離を詰める智也の姿に遠くを見ていた目がやっとこちらに照準を合わせる。




「お前、最近病院行ってんのか」


 淡い表情が突如、色をなくして0になる。

 無表情は柱に寄せた顔を伏せると、代わりに背を預けてよそを向いた。


「まぁ…ぼちぼち?」

「何かあってからじゃ遅いんだぞ」

「わかってるよ」


 諦めとも似た一言は嫌でも現実を知らしめる。それ以上は見切りを付け、俯いた智也は教室の中に入っていく。その背中を目で追うと天井を仰ぎ見た。


「…わかってるんだそんなこと」