「頭上げてください」
「…」
「もう大丈夫ですから」
その言葉に、サングラスを上にずらした先輩が顔を上げて私を見る。二重まぶたの大きな瞳に長い睫毛、くすみ1つないきめ細やかな肌。黙っていればイケメンなんだよな、と思った直後にこっと顔が綻んだ。
そして手に持つ茶封筒を少し振ると———ポンっと桜の花へと変化させる。
「えっ手品!?」
「これは担当の美容師に教えてもらった女の子落とし術。56回練習した」
けどはじめて上手くいったわ! とか何とか言いながら、私の膝に枝ごと桜の花をひょいと軽く投げてパンダのスプリング遊具へと飛び乗る先輩は、再び額に かけていたサングラスをかけてぐにゃんぐにゃんと揺れている。ちびっこ仕様に作られた遊具は長身の先輩には厳しそうなのに、それが様になってるから妙だ。
「キザにも程があるんですが」
「今の俺見てそれを言う?」
「何がしたいんですか、貴方は」
「考えずに行動してるからなー割と。けど独りでいるオズちゃんを放っときたくないと思ったのも事実」
体が探してた。目が追ってた。頭で考えるより先に、そんなのはじめてだった。そう告げる先輩の凛とした横顔は、澄んだ瞳は。夕焼けの光を帯びて揺れている。
ベンチの前で棒立ちになる私は、それを見て。素直に綺麗、と思った。
「力になりたい、きみの恐怖症を克服する為の」
「、」
「俺がきみの孤独を照らす光になる」
「………くっさ」
「あ、やっぱり?いやしかし一度切りの青春だ。棒に振るにはあまりにも勿体無い」
「………出来ますか」
「出来る出来る。だって俺たち若いもん」
にか、と屈託のない笑みで白い歯を覗かせる彼を見ていると、不思議な気持ちになる。叶わないことですら、出来るんじゃないかと思えてくる。
まだやれるんじゃないかって自分を信じてみたくなる。
「となるとこの諭吉の使い道はそれに因んだものに費やすっきゃないっすなー」
スプリングパンダに跨ったまま、ブレザーの内ポケットから茶封筒を取り出す先輩。夕陽に諭吉を透かして見る先輩に、肝心なことを思い出す。
「それもう貴方のものですよ。私のために使ったらお礼の意味がなくなっちゃう」
「ほう。じゃあお礼は体で払ってもらおうか」
「一瞬でも貴方を信じた私が馬鹿でした」
「うそうそうそ! 嘘だって! ごめん言い方悪かった!」



