「………聴いたよ」
扉の向こうから声がした。
埃だらけの部室。まるで機能していない軽音楽部。くたびれたカーテン。光を上っていく、塵。体と、たったひとつのギターを持って、俺は扉に背中をつける。
俺は、知ってた。
本当はわかってた。
支えてくれた仲間とか。誰かを救うためとか。そんな大それた理由はじめからどこにもない。
自分が誰にも必要とされていない人間だって認めるのが怖くて。
嘘でもいいからここにいてってずっと誰かに言って欲しくて。
「………どうだった?」
「ふつう」
「ふつうかよ」
「どんな声よりも、伝えたいことが、ただまっすぐに聴こえてくる」
ただ届けたかったんだ。はじめて自分を認めてくれたあいつに、
ここにいてって言われた時からこの声は、
「………やっぱり……っ、エイにぃの歌が私。世界で一番、大好きだよ」
ずっと、こいつのためだけにあった。
扉越しの涙声に、喉の奥が痛くなる。頬に光が伝うのを感じながら、そのままギターを抱きしめた。
「…………………ばっかじゃねえの……」
☁︎
住宅地を越えた道路を、一台の原付バイクが走る。何気なく走行していたそれは、道を歩く一人の長駆の青年を捉えて停車した。
「よおイケメンくん。こんなところで奇遇だね」
「、」
声に振り向いた青年こと藤堂は、ヘルメットのシャッターを上げたスーツ姿の彼がすぐ栄介だとわかり、口籠る。対応に困っているのはすぐに察したようで、栄介は悪戯に笑った。
「…どこ行くんだ」
「社畜だよ社畜。生憎俺たち社会人はお前ら高校生と違って暇じゃないんでね」
空に向かってぐっと伸びをして、またグリップを握り直す栄介は信号を見る。見上げた信号はかつて自分の進行を妨げるように赤く光っていたのに、そのとき浮かんでいたのは空と同じ青色で、
とにかく前へ進め、と叱咤されている気が、しないでもない。
「なあ」
「?」
ぶっきらぼうな声かけに、藤堂は顔を上げる。藤堂の目を一度しっかりと見ると、栄介はその視線を前に向けた。
「…あいつのこと頼むわ」
グリップを回し、一気に車体が前進する。真っ直ぐに伸びた道の向こうへ。
その姿は走り去り、やがて遠のき、見えなくなった。