本当に滅茶苦茶だこの男は。今日ほど、そう思ったことはない。

 先輩は大胆にも路肩に大型二輪を停めていた若者に声をかけ、半ば強引にそのバイクを借りることに成功した。成功というか、借りる物質(ものじち)として自分のスマホを差し出して、その後ろに私を乗せたのだ。

 ヘルメットが一つしかなかったから私にかぶせて、先輩はゴーグルだけをして高校に向かった。これはもちろんノーヘル運転で罰せられてしまう問題だけど、そんなことより何より、先輩がバイクの免許持ってる方が驚きだったからもう、それは後で根掘り葉掘り聞くしかない。








 私たちが高校に到着したとき、時刻は14時を20分も回ったところだった。演奏はとっくに始まってる。歓声や拍手に紛れて、体育館の方が振動しているのを感じる。行かなきゃいけない。行かなきゃ、はやく。


「オズちゃん間違えんなよ。たぶん体育館あっちだ」


 わざわざ先輩が指差してくれているのに、その方向を見て、くるくる回って私は頷く。

「はい、」
「オズちゃん」
「はい、」

「落ち着け」


 行かなきゃ、急がなきゃ、エイにぃを、私は。

 もう気持ちばかりが焦って涙でいっぱいになった私の瞳に、バイクから降りた先輩が悠々とゴーグルを上げる。何かのゲームのキャラクターのような、コスプレのような、それでも様になっている先輩を見上げておろおろしていたら、頬を両手で包まれた。多分何よりも不細工だったと思う。ひくっ、と喉を鳴らした私を、それでも彼はやさしく諭す。


「大丈夫だ。オズちゃんの声は、あいつに絶対届く」


「………っ」

「前見て走れ!」

「——————…っ、はい!」



 背中を押されて走ったら、弱くて涙が溢れ出た。

 あふれるたび腕で拭って、手で払ってを繰り返してそれでも必死に先を急ぐ。


〝エイにぃいなくなっちゃやだ……っ〟


 昔。お店のお客さんと喧嘩になったエイにぃが、何を守りたかったのか、私は知ってる。


〝それじゃ今まで俺がなんのために…〟


 エイにぃは、ずっと傷ついてた。もがいてた。歌を、歌いたがってた。そうさせたのは私だ。そうしなよって、言ったのは私だ。呼吸をしづらそうなエイにぃが見ていられなくて。その声で、ここいにいるって、ちゃんといるって、いなくならないよって、笑って欲しくて。凛、って。


 その声で、もう一度私を呼んでほしかっただけだ。