「あいつから連絡あったって本当なのか」


 公演開始時刻一時間前。バスに乗り込んだ私に、続いて乗り込んできた藤堂(とうどう)先輩は問いかけた。

「はい、家の電話に。エイにぃの声だったんで、間違いないです」
「なんて?」
「〝公立北陵高校体育館、14時〟」
「…………え、それだけ?」

 きょと、とする先輩にこくりと頷く。それだけあれば十分だ。他に言葉などいらない。

「エイにぃの母校は、小学生の頃何度か行きましたがこの駅からバスで40分もあれば着きます。彼は自転車で通ってましたけど、今はそういう足がないから。その計算で行くと余裕持って学校に着けるはず」

「そうか。俺にはそんな風にはぜんぜん見えないけどね」
「え?」


 窓の外を顎で指し示す先輩に、とっさに外を見る。———事故渋滞。なんでこんな時に。それも交差点侵入で間違えたのか、道路のど真ん中に乗用車数台が道を塞ぐ形で並んでいて、しばらく進みそうにない。


《乗車中のお客様にお伝えします。ただいま事故渋滞のため、停車しております。お急ぎの方は———》

「降りるぞ」

 扉が開いたのを合図にぴょん、と外に出て、左右を見渡す。こっちだ、と走ろうとしたら「いや逆!」と首根っこを掴まれた。先輩と一緒に来てよかったかもしれない。
 方向音痴な私はうっかりすれば道を間違えるし、正しい場所にたどり着くのすら一苦労だ。


「バスで40分かかる道のりだろ!? 徒歩で間に合うのか!?」
「走ってればきっといけま…す」

「体力———!」

 瞬く間に日頃の運動不足・更に貧血が相まって失速する私に、先輩が駆け寄る。あなただけなら間に合うはずだと言いたいとこだけど、それじゃ意味がない。私がたどり着かなきゃ、意味がないのに。


「———くっそ…どうにかひとっ飛び出来る乗り物(アシ)があればいいんだけど…」

「えー? あ、そうなんだよー。なに? 寝坊? しゃーねーな待っとくわ。なんか事故渋滞してっから気をつけてな」

 路肩に停めた大型バイク、そしてその真横で悠々とスマホで会話を繰り広げる若者。先輩はそれをしかと見た後、私に振り向いた。