「お父さん!!」
私の声で、お父さんの震える手は止まる。Tシャツの胸倉を掴まれた先輩は自分より背の低いお父さんにそうされたことで、自然と顎を上げて、眉を下げたまま見下ろす形でお父さんと目を合わせた。
たくし上げられ覗いた先輩の腹部は、徐々に脱力するお父さんの動きに倣い、見えなくなる。
「…話があるんだ。付いてきてくれないか」
俯いたまま呟くお父さんの声に、先輩は小さく頷く。彼は心配してその様子を見ていた私に大丈夫、と目で告げると、そのまま背を向けた。
☁︎
凛花の父親に黙って続くこと、数分。ペンギン大王の遊具があることで有名な通称・大王公園には夏休み、また盆ということもあってか人影が疎らだった。
遠くではまだ幼稚園児にも満たないような子どもが追いかけっこをしている声が聞こえ、その姿を目で追っている藤堂に、背中越しで声が届く。
「藤堂くん…って言ったかな、家内から話は聞いてるよ。最近、あの子と仲良くしてくれてる人がいるってね」
「あ…はい」
いや、単に俺が一方的に追っかけ回してるだけなんだけど。
(とは口が裂けても言えない)
悶々としながら、口元を手で覆い顔を逸らす藤堂に父親は少し、顔を傾ける。
「…まさか、男だとは思わなかったけれど」
そしてゆっくりと振り向くと、真っ向から藤堂を見据える。自分の大事な一人娘が心配をかけて見ず知らずの男と朝帰りした。逆の立場で考えたら、どんな理由があれど許せたものではないはずだ。事実、自分だったら多分タダでは済まさない。
足元の砂利が鳴り、覚悟を決めて目を閉じる藤堂の想像に反して凛花の父が取った行動は、
——————————土下座だった。
「…へ、」
「先ほどは済まなかった!! 二人の手前ちょっと親らしいところ見せつけないとと見栄張って頑張ってみたけど胸倉なんて掴んだことないし返り討ちにあったらどうしようかと思ったいやそんなことより娘を無事返してくれてありがとう…っ!」
「え、や、大丈夫ですけど頭上げてください!?」
真っ昼間の公園の一角で青年が中年男性を土下座させている。端から見たらそうとしか見えないシチュエーションにヤバいと辺りを見渡したところで時既に遅し。既に通りかかった主婦はひそひそと話をし、指を指す子どもの目をばっとすかさず覆っている。
そうとわかれば俄かに一拍遅れど藤堂も地面にへばりつく。
「いやあの土下座されたら俺どうしたらいいんですか地面に埋まればいいんですかお父さん!?」
「お義父さんはやめてくれまだ心の準備出来てない」
「そう言う意味じゃねーよ! じゃなくて頭上げてくださいおじさん!? おじさま!?」
「…昔から、あんなでね」
「え」
「凛花」
ベンチに腰掛ける藤堂、そしてその隣に並ぶ凛花の父親は、先ほど取り乱した様子などなかったかのようにゆったりと口ずさむ。少しボサついた髪に骨張った頰は昔を懐かしむように、組んだ指先を弄んだ。



