「どこ行くの」


 どんなに暗い夜が続いても、必ず朝は光を連れてやってくる。従姉妹の凛花は例のデート相手の家にいるらしい。
 俺がスマホを片手に玄関のノブに手を置くと、寝間着姿の母親・成美(なるみ)に声をかけられた。

「めずらしいこともあったもんね、あんたがこんな朝っぱらから出掛けるなんて。雪でも降るんじゃないかしら」

「…俺がここにいたらあいつは帰ってこないだろ」

「またそうやってつかないカッコ、つけるんだ」

 腕組みをしたまま真剣な瞳を向けてくる成美を睨む。好きに言えと踵を返した矢先、ねえ、と声をかけられた。振り向くと、なぜか両手を前に突き出している、成美。


「栄介、おいで」

「は?」
「ぎゅってしてあげよう」
「行くわけねえだろ気持ち悪い」
「じゃこっちから行くわ」
「!?」

 あっという間に間合いに入ってきた相手に抱き寄せられて、目を白黒させる。いや、恥ずかしすぎる、と身を引こうとするのに、さらにぎゅ、と抱きしめられた。

「…あいっかわらず薄っぺらい体。ちゃんと食べてんの」
「うるせえ」

 後頭部に回ってくる手に肩へと誘導させられて、成美の肩に額を置く。すると、ぽんぽん、と頭を撫でられた。

「栄介」

「…何」

「栄介、」
「だから何だよ」
「お母さんって言ってみ」
「絶対やだ」
「なんでよー!」
「お前がガキの頃名前で呼べって躾けたんだろうが!」

「うん、そこがちょっと間違えたかなー。
 …あんたに私はちゃんと、お母さんしてあげられなかった気がするから。

 たくさん苦労させたね。我慢してきたね。ごめんね」



 …なんでいま、そんなこというんだ。

 既に目に溜まっていた涙は気づかれないよう、ぐっと相手から離れないようにする。



「栄介。

 生まれてきてくれてありがとう。大好きよ」


「………うるせえよ」













 ☁︎


 かたん、という軽い物音で目が覚めた。

 ダイニングの窓からはちゅんちゅん、と小鳥が(さえず)る声がして、眠い目を擦りながらむくりと起き上がる。

「おはようさん」
「…ぁ、ぉは…、ざいます」

 あ、そうかここ先輩の家だった。

 危うくここはどこ、とかありがちなナレーションをする直前、廊下から姿を現したのは家主の藤堂先輩だ。
 私より先に目覚めて身仕度を整えたらしい彼は…寝癖だろうか、謎のヘアスタイルで迷走真っ只中である。