疑問が確信に変わった時、先輩の口からぽつり、ぽつりと語られる本音は私の心にシミを作るように溶けていく。横になったまま目元に手を置いた先輩は、譫言のように早口で唇を動かし続けている。
「でもそんなある日転機が訪れる
父親が仕事で知り合った女性とトントン拍子で再婚
少年もすぐに懐いた。彼女もまた似たような境遇だったから
幼い子ども二人を抱えて、自ずと少年は兄妹を得て
他人同士は手を取り合って家族になった」
幸せな父親と母親と子ども。それを客観的に見たとき、ふと気付いたんだよ。
「…あの場所において「俺」の存在は
父さんに母さんのことを思い出させる因子でしかないと思った」
「…っそれは、」
「なーんてのは建前」
「、」
「あの家では、どっからどう見ても俺だけがよそ者だったよ。
俺がただその事実に耐えられなかっただけ」
目元から腕を離した先輩は、いつもなら見えるはずなのにおろした前髪のせいで表情がよくわからない。窺うように体を起こすと、いつもの笑顔がパッと私に振り向いた。
「で、高校入学と同時に東京進出。少年は全女子を虜にして人気を博すようになったんだとさ
めでたし、めでたし」
「…せん、」
「おら約束通り昔話したんだから寝ろーい。夜更かしは美容の大敵ですことよ」
「…どこのオネエ」
「おやすみ」
「…おやすみ、なさい」
人のことにはずけずけ踏み込んでくるくせに、こっちが覗こうとしたら一瞬で壁を作って背を向けるのか、このひとは。
やさしく、それでいて切なく伸ばした手を突き離す先輩は。私の答えに満足そうに微笑むと、それきり何処かに行ってしまったと思ってた。
真夜中、うっすらと開いた目で確かに見たのを覚えてる。寝室で寝るって言ったのに。そう約束したはずなのに。
きっと私を気遣って手狭なソファに身を沈めることにした朧げな先輩の輪郭と、静かな寝息が夏の夜に溶けてそっと耳をかすめた時。私が知ったのはどうしようもない愛しさと。
近くて遠い、私たちの距離だった。