「お湯いかがっすかー」
「ぶぁっ!? 覗き!?」
「着・替・え。濡れた服は乾燥機に回してっから上がったら自分で出して。ずっと同じ服じゃしんどいだろ、夜は俺の服置いとくから上がったらそれ着てな」
服とか着替えとかどうでもいい、今はお風呂の方が死活問題だ。気もそぞろにむくれてぷくぷくを継続していると、やや間を置いて声が届く。
「オズちゃんがそんなに嫌なら俺湯船浸かんないよ、シャワーで何とかなるし」
「うっ、え、」
「洗濯には使うけど」
これでも譲歩した方っしょ、ごゆっくり。ゆったりとしたトーンで言って遠ざかる声に、張り詰めた気持ちがスッとほぐれる。状況が好転した途端ムキになっていた自分が恥ずかしくなってきたけれど、譲れない戦いがここにはあったんだから仕方ない。
(…こういうとこ年上だよな)
同い年の男子だったら、いやそもそも先輩じゃなかったら。こんな気を回したりしてくれないのが恐らくは普通なんだろう。それって私が後輩だから? 女子だから?
─────いや、そもそも慣れてるからか。
突如、胸のあたりにダークマターが生成されて湧き起こる殺意とよくわからない感情にぎゅう、と目を瞑る。だから前から何なんだこのモヤモヤは!
気を紛らわすため、私は大きく息を吸って、頭のてっぺんまで湯船に潜り込んだ。
☁︎
「お先、でした」
結局ご厚意に甘えて先輩の服を借りることにした。大きめの半袖半パン姿は一見するとバスケが得意そうに見えるけれど、球技が壊滅的な私は今やればまたふりだしに戻っているに違いない。
そんなことを考えもってダイニングに差し掛かったところで、窓のサッシに手を置いて誰かと電話している、先輩の後ろ姿が見えた。
「…はい、はい、いえ。いや、とんでもないです。こちらこそすみません、はい。…失礼します」
電話をしたままくる、と振り返った先輩が私を見て肩を揺らす。でも声には出さずに対応すると、そのまま静かに通話を切った。
「ふー。緊張すんね人の親御さんと電話すんのって、オズちゃんのお母さんは前に会ったけど電話じゃまた反応違うしさ」
「…かかってきたんですか」
「かけたのこっちから。智也だけじゃちょっとな、人様のお嬢さん預かるわけだし」
「…お母さん、なんて?」
「そのままうちの娘嫁にもらってくださいってさ」
「後ろに気をつけろの間違いでしょ」