「ち、ちが」
「なんもしねえよ。多分」
「多分!?」

「男はみんな胸の内に狼を買ってるからな、致死兵器(リーサルウェポン)として俺が変なことしそうになったら何か意識失えそうなもので強めに殴ってもらえると助かる」
「わかりました固めの鈍器で殴ります」

「火サスになるよね!?」


 せめて優しくして死ぬから!! とか言う外野の声はフル無視だ。夏の夜、雨に打たれてびしょ濡れになった体は夜風を浴びて少し乾いたけれど、中の方はまだじっとりと湿っている。
 それにより立ったままでいたのに、先輩が特に気にしない様子で牛革のソファへ促すから。私は遠慮がちに腰かけた。


「先輩ってお金持ちだったんですね」

「違う違う。こっち越してくる時に親が勝手に駅近のセキュリティいいとこ設定してただけ、大学もこっから通いやすいだろって…仕送りも余るくらい送ってくる」
「やさしい」
「どうかな」

 ながら作業の合間に漏れる、渇いた笑いが引っ掛かった。なんで、と口を開こうとしたら届くのは「お風呂が沸きました」という機械の声。作業を続行させながら、彼は後ろ指で廊下を指す。

「ん、オズちゃんお風呂先どうぞ」

「え、沸かしたんですか」
「夏っつっても濡れて歩いたから体冷えたろうと思ってさ、俺はとりあえず着替えたから後でいいよ」
「あ、後って」

 それ、もしかしてもしかしなくても湯船シェアするってこと!?

「い、嫌です先輩が先に入ってください!」
「そんなびしょ濡れの子置いて先に入れっか」
「だって一緒の湯船なんでしょう!?」
「当然だ水道代だってバカになんねーもん」
「じゃあ私お風呂浸からない!」

 声を荒げて反論する私にぴく、と先輩の眉が軽く反応する。そして腰に手を添えて、

「くだんねー駄々こねてっと風邪引くぞ」
「そんなヘマしな…ふぇっぶし!」
「ほらみろ言わんこっちゃない!!」
「アスベスト!」
「それをいうならハウスダスト! 〜っあーもうじゃあじゃんけんな!

 恨みっこなしなせ———の」











(…解せない)

 頭の上にタオルを乗せ、湯船につかってぷくぷくと(あぶく)を出す。なんでいつもグー出すのに今日に限ってパー出した、と自分の手を睨みつけていると脱衣所の扉がコンコン、と鳴った。