「オズちゃんの携帯は雨にやられてオジャンになっちった旨を智也に伝えたら、おばさんに連絡してくれるってさ」

 つか今時防水じゃないとかナンセンス〜、俺のは雨の中でも電話でプロポーズ出来ちゃいます、とか聞いてもいないことをほざく隣は右から左に受け流す。

「冗談はさておき折り返し俺の携帯に連絡あると思うから、オズちゃんは何も心配しなくていいよ。このまま真っ直ぐ帰っ」

 言い終える前に、先輩が不意に立ち止まる。私が先輩の服の裾を引っ張ったからだ。泣き腫らした目を見られないように俯いていた顔を、そのとき初めて控えめに持ち上げる。


「…帰りたく、ない」


————————————ずがん。


 突如響いた鈍い音に顔を上げ、私は素でギョッとする。


「先輩頭から血出てますけど」

「大丈夫ちょっと電柱に頭ぶつけただけだから」
「めっちゃ顔面(したた)ってますけど」
「大丈夫ちょっと自分の中の獣を鎮めようとしただけだから」

 危ないもうちょっとで正気失うとこだった〜、とどくどくと流血しながら次第に青ざめていく先輩の自虐行為にドン引きし、思わず乱暴に裾を離す。


「オズちゃん今の俺以外には絶対言うなよ」

「なんで?」

「なんでも! っつーか余裕でダメだから自宅に今から送り届けるって智也にも連絡しちゃったから!」
「じゃあペンギン大王の中ででも寝ます。以上、解散」
「いや集合ぉお!! てか公園!? アホかただでさえ女の子だし今俺たちびしょ濡れなのわかってる!?」
「じゃあどうしろって言うんですか!!」
「帰りたくない正当な理由を聞かせろっつってんの!」

「…、だって…」


 だって、家には。…エイにぃがいる。


 立ち止まり、少し距離を置いてよそ見すること、数秒。それ以降そっぽを向いて何も言わない私は、たぶん、先輩に呆れられた。
 家出して、親に迷惑かけて、挙句事故りそうになった所を怪我させてまで助けてもらって。勝手なことくらいわかってる。

 それでも。

 下唇を噛んで行き場のない思いを堪える私に、彼は長いため息のあと、膝に手をつき、静かに私を覗き込む。

「あのさ、これ口説いてるわけじゃなくて1つの提案なんだけど」
「?」


 戸惑う私の視線をすくい取ると、先輩は悪戯に小声で問いかけた。


「俺ん家、来る?」